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楽園

星ヶ丘洋裁学校で5・16日から、「遠い国のケモノたち」展が、星ヶ丘洋裁学校 sewing galleryで開催されています。
この、アラブの動物たちを展示する一連の展示も、もう3回目を迎え、参加メンバーの彫刻たちも俄然結束力が高まってきました。
大磯 世代工房、名古屋 ミュシカ、そしてここ、枚方 星ヶ丘洋裁学校、
展示会場には、それぞれとても思い入れがありますが、今回のこの、星ヶ丘はまた、特別な思いです。

展示会のすぐまえに、今回主役になってくれている、ガゼルのサーメルくんが、この世界から旅立ちました。そして今朝早朝、赤いボールをくわえているてちくんもまた、旅立ってしまいました。

今回はほかにも瀬戸のドンちゃん、愛知にいたヴェルちゃん、この世界にはもういない子たちが、古い学校のひと部屋に、にぎやかに一緒にいます。

まるで時が止まったような、そして次元がゆがんだような!?
遥か遠い国のケモノたちと、日本の町に住むケモノたち、そしてこの世界にはいないケモノたち、
過去も未来もない、どこでもない場所で、たしかに今、みんなが出会っています。

それって楽園のようなもので、私が作りたかったのは、大好きないきものたちが、一つの場所で、こうして居る、たのしく嬉々とした空間だったのだとおもいます。

生きていることも、死ぬことも、私にとっては、どちらも尊い事実です。
そして生も死も関係のない、もっと無限の空間と時のなかに、彫刻たちはいます。
そんな、ケモノたちの楽園に、ぜひ足を運んでみてくださいね、!



学校帰りにきてくれた子たちが、

なんともすてきに展示してくれたり!?


晴れの日や週末は、外で展示もしています。


空の上の鳥も、土の上の虫も、この展示会をたのしめるように。
週末は少し込み合ってしまうかもしれませんが、普段は展示しないむかし描いた本や、スケッチブックなどもおいてありますので、

彫刻にさわったり、
小さな彫刻であそんだり、
本を読んだり、
記念に写真を撮ったり、
カフェでまったりしたり、しながら、
ゆっくりたのしんでくださいね。








# by m_kirin30 | 2012-05-17 17:31 | 展示 | Trackback(2) | Comments(4)
まわりのもの

ものをつくるということ、は、もののまわりにある見えない空気や感覚をともにつくるということ。
なんだかずいぶん前から考えながらも、わからなかったことが、最近になってわかりかけています。

空間に、ものが生まれると、何かしらの熱量がそこにまきこまれ、重力が生まれるように、
何かを作るということは、そのものが生まれたとたん、引力を持ち回りを巻き込んでゆく、
その、目にも見えず、音もせず、触れもせず、無味無臭の、五感では感じられないものの中にも、心が動かされるものが確かに存在する。
それは何なのか、ずっとかんがえてきましたが、
心の動力源は、いつも、「時」が絡んでいるのだと、気がつきました。

「時」がないと、すべてがむなしく、たいせつなものも何もなくなってしまいます。
人にとって、いきるというのは、時を刻んでつくっていくということ、
今が永遠というくらいすばらしい瞬間に出くわすこともありますが、
それも、過去の苦しみがあるからこそ、ひきたってくる喜びでもあります。

いい、ものには、そのものの中にリアルな「歴史」や「時」や「物語」があります。
人は、その形のない「時にまつわるもの」に感動するのだと思います。
それは、その「時」の長さに関係なく、
オーロラや絶景のように、永遠には見られない一瞬のまたたきのようなものであったり、
古代から数々の時を乗り越えてきた遺産の、悠久の時であったり、
生まれたての赤ちゃんの、まっさらな未来であったり、
時にかかわっていることで、感情が動くのだとおもいます。
感情も、時の流れにのっかって、うごいて浮かんでいるのでしょう。

ものを作る人間は、その作ったものの中に、リアルな「時」をつくれなければ、人の心を動かすものはつくれません。
どんなに長く時間をかけても、いいものができるとは限らない、ただの、作者の時をおしつけられたものを見ても、感情が動くはずもありません。
「時の、ものがたり」を、ものに、こめられる作家でありたいと、
最近ではよくこのことを思っています。

32度目の春をむかえて、
植物に比べて動物の、あまりの持ち運べる時の短さに、
「うごく」という自由を手に入れたことで手放したおおきな「時間」を、
考えずにはいられません。
植物や細菌類や原子素粒子の生きているその悠久の時、
どれほどの歴史をかかえ、手放してきたのか、
その先端にできているのが、今見えている形であり色であり、
それが美しくない訳がありません。

あらためて、ものがうつくしいのは、
「時」がいろどっているからなのだ、と、
そう感じた春の数日でした。



5月半ばからいよいよ大阪で展示会です。
見てくださる方のいい記憶のひとときになるように、
精一杯の展示会を、開きたいと思っています。



はしもとみお 『遠い国のケモノたち』
2012.5.16 (水) - 5.27 (日)
open 12:00-18:00   closed 月 火
最終日 27日は17:00まで

場所 大阪 枚方 星ヶ丘洋裁学校内 sewinggallery

UAE(アラブ首長国連邦)に一カ月滞在し、動物たちを取材しながら一緒に過ごした、彫刻家 はしもとみお。現地でふれあった動物たちの彫刻 約60点を展示致します。

彼女の目でとらえた動物の筋肉、毛並み、息づかい。ノミや鋸、彫刻刀を自由に使い、動物の見える形の中にある いのち そのものを彫り出します。会期中には現地取材で描いたスケッチの一部を公開。ワークショップや似顔絵会も多数あります。生命溢れる彫刻の数々をぜひご覧ください。

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木彫り教室&ワークショップを行います

今回は、ソーイングギャラリーさんのすてきな中庭で、木々にかこまれながら木彫りができるといいなとおもいます。晴れたら外で彫りましょう!

◆ 5/19(土) 木彫りワークショップ
「ちいさなラクダを彫ってみよう」   
1部 12:00-14:30 / 2部 15:30-18:00

◆ 5/20(日) いぬのえかきやさんor どうぶつの似顔絵会  

◆ 5/26 (土) 木彫りワークショップ
「ちいさな猫を彫ってみよう」
1部 12:00-14:30 / 2部 15:30-18:00

◆ 5/19(土)  18:00~19:00
ポチ 「ケモノン音楽会」
ワンコインライブ ¥500


ご予約はこちら hamada@sewing-g.com 担当sewinggallery はまだ

関西方面のかたがた、ぜひ遊びに、星ヶ丘にいらしてくださいね!
# by m_kirin30 | 2012-04-26 01:44 | 日常 | Trackback | Comments(0)
なにもないところから

宇宙は今爆発的に広がっている、ということですが、こんなに創造性にあふれた色とりどりの音にあふれたおいしいものだらけの地球に生まれて、すぐ近くにもたくさんの想像力をかきたててくれるものがあります。

朝一、おおきな彫刻にとりかかるとき、
木を彫ると、軽快な音が飛び散ります。部屋中に、あたり一面に。
音と木屑のかたちには密接な関係性があり、私にはそれがおもしろくて、
木屑の数だけ、彫刻の「時」は進み、刻まれます。
もしかしたら私の一生も、刻んでいる彫刻のようなもので、
有限な物体から、あたりに音とクズを飛ばしながら、少しずつ減っていく時の中で、あれこれ考え、無数の彫刻を残して死んでいく、そんなようなものであれたらけっこう幸せです。

「ぼくのちいさい頃、ぼくの家にはなにもなかった。音楽がなかったからこそ、独創的なものがつくれたんだ」
敬愛する音楽家、エルメートパスコアルさんの言葉です。
私が彫刻に駆り立てられる思いがこれとおなじで、
私はちいさい頃から生き物や自然現象がだいすきでしたが、近くにあまり理想の環境がありませんでした。
一人暮らしをしてなにもなくなってなおさら、自分のまわりあたり一面を動物で埋め尽くしたい、という思いに駆られ、部屋中うめつくすほどの動物の彫刻をつくったものです。

なにもないから、つくる。
なにもないところから、じぶんでつくる、
誰かの真似ではない独創的な方法でつくれたら、何にも束縛されず自由で、あたらしいものがつくれるはず。
そう思って、美術館にも行かず、ギャラリーめぐりも画集集めもせず、
わたしはハンマーや石で木を叩いたらどんな現象が起きるか、や、
木彫りを崖から転がしたらどんなことになるか、などの実験にとりつかれていました。

見えているものに無限にちかづくための現象がおきる手段を探して、
見た事のないほどりあるなものをつくろう、と、そのことにとりつかれてもうそろそろ15年が経とうとしています。


なにもない、というのは、いいことなのかもしれません。
たくさんのものがあたえられていたら、満足して、つくろうという欲は無くなってしまいます。

いい環境でしかいい芸術家は生まれない、なんてことは決して無いと私は思います。
めぐまれた環境の中にいるひとが、優れた芸術家になる事が、多いというだけで、
どんな環境の中でも、創作の目を光らせ、情熱に体をあずけられるひとならば、
歴史を動かす芸術家になれる、と、私は信じています。

「レミーのおいしいレストラン」というだいすきなネズミの映画の言葉。

"Not everyone can became a great artist,but great artist can became from anywhere."

なにもないところからうまれゆく芸術家は、きっとみたことのないすばらしいものをもっているはずです。
それなので私は、生涯かけて彫刻の楽しさを伝え続けたいと思っています。
まだ見ぬすばらしい感覚を、ひとつでも多くみつけて行けたらと思っています。


また4月のミュシカさんで、春の木彫り会をします、
久しぶりの木彫りワークショップ、とてもたのしみです。
はじめての方も、ぜひ参加してくださいね!

2012年4月22日(日)はしもとみお 木彫り教室 

「春うらら 居眠りワンコを彫ろう」の会

暖かい春の日に、居眠りワンコをみんなで彫りましょう。
ワンコは主に柴犬がモチーフのデザインです。
初めての人でも大丈夫。肉球までがんばって彫れるかな。

時間:1部 13:00-15:30  2部 16:30-19:00 
参加費:3800円(材料費込み)
定員: 8名
持ち物:あれば彫刻刀 汚れてもいい服装、エプロン、バンドエイド(手を切ってしまった時などに)筆記用具

ご予約先: ミュシカ  お電話またはメールにて
お名前、ご連絡先、希望日時、参加人数をお知らせください。
TEL: 052-737-8601 / myshica.com@gmail.com

# by m_kirin30 | 2012-04-14 11:11 | 日常 | Trackback | Comments(2)
学問

彫刻は不思議です。
彫刻には時が刻まれていき、過去に戻ることはできない、失ったカタチは戻らない、一方通行に進んでいく過去の集積です。
それなので、3次元のかたまりに、時を彫り込む、独自の4次元世界を作るものだともいえます。
そもそも美術は、3次元のものを4次元や2次元に変えていく、次元を超えた行動でもあります。

美術は文学や社会とも、密接に結びついていますが、
その創作風景は、まさにscienceの分野です。
過去の膨大な記憶データによって、瞬時に行動を導きだし、鍛錬した技術で定着させる。
どんな行動を選ぶか、どのようなものが好みか、
それはとてもあいまいで、法則性も無く、一見偶然や主観でしか判断できない哲学の世界に似通っています。

だけど私は、オイラーやアインシュタインが描いたように、美術にも、万物の理論が存在するのだと信じています。
今は、確率を上げていくしかありません。10人中8人がいいと思ってくれるとか、そういうあいまいな話です。
万人のなかにある感動の神経細胞を動かす要素が、何であるのか、まだもちろん見つからないし、
きっと、そんなものは存在しない、人の心はあいまいで、無作為で、統一できるものでは、決して無いのです。
そんな中でも、あらゆる人が共感する、何かの原理がないものか、
私は、探していこうと思っています。
たとえば、自分とまったく逆の考え方の、理解しあえない人がいたとして、その人と共感できるエッセンスを瞬時に導きだせたら、こんなに自由で、こんなに無敵なものはありません。


音楽、美術、数学は同じ分野の気がします。
答えへのアプローチにそれぞれの美意識が関わるところと、膨大な記憶力と反復練習だけがオリジナリティある答えを見つける手がかりになるというところ。
あらゆる技術を手に入れた上での、それを手放す自由を手に入れること、
美術も、学問のひとつなんだと、いつも思います。
時に心理学や脳科学や哲学のようなものでもあるのに、一方で文学的、社会的な側面もあり、表面は幾何学とサイエンスの集合体、まさに、私の目指している、ジャンルフリーの学問の世界。
ひとつの学問を突き詰めると、最終的にはすべてつながったところの壁に、行き着くのでしょう。

美術における統一理論は存在するのか?
万人が理解できて、感動する美というものは存在するのか?
無いとあきらめるより、それを求めてさまよう宇宙に浮かぶイカダのようなものでありたい、と思って、まずは目の前の地球の美について研究しよう、と、おもいます。


美術と音楽が同じ、というのは、いつも思っていて、
昨年あたりから、この美術と音楽をつなげるイベントをなにかできないものか、ずっと考えてきました。
私がアトリエで出し続けている、ただの「音」、そのもったいない「音」を「音楽」に変えられたらいいのに。
それがすこしづつ実現して、
この願いを、太田朱美ちゃんと言う不思議な時空で生きるフルート奏者とおかしな仲間達が、かなえてくれました。

彫刻の4次元空間に、音が加わる、5次元空間で、見る人も、自分たちも、あたまが?になり、とっても気持ちのいい空間です。


そのちょっと不思議世界の動画がこちら。

5次元の空間を、たくさんの人と共有したいので、
名古屋でもひとつイベントをする事にしました。


ポチと月夜の音楽美術祭

日時>2012,5/12(sat) open 19:00 start 20:00

料金>charge 2000yen  30名様限定ライブ

場所>
パルル parlwr
名古屋市中区新栄2-2-19

予約先>
ご予約・問合せ  pochi.amio@gmail.com ポチ(マツイアミ)
ご予約の方はお名前、人数、ご連絡先を上記のアドレスにメールして下さい。
30名様限定ライブのため、定員に達した場合は先着になりますのでご了承ください。

どうぶつの気持ちを唄にするアニマルポップサウンド、ポチ。
voマツイアミが、数々のケモノになって唄う、
ポチ初のケモノンCD「ポチと月夜のけものたち」発売を記念して、美術と音楽がひとつになった、ケモノの音楽美術祭を開催します。
当日発売のCDに入っている曲をはじめ、月にまつわる曲を演奏。
会場では、はしもとみおによるどうぶつの彫刻展示や、イラストレーター渡邉春菜によるライブパフォーマンスもあり。
音と、美と、月夜に唄うケモノ、ぜひ体験しに来てください!

出演>
音楽
ポチとポチの仲間たち
美術
はしもとみお 渡邊春菜  飯沼由貴

# by m_kirin30 | 2012-03-23 09:31 | 日常 | Trackback | Comments(0)
食べるデッサン

わたしにとってデッサンは食事のようなものです。
自分の内にあるイメージなんてたいしたことないし、それをもとに作っても、どこかの記憶のあいまいな断片であるような気がしてならず、常に他のものから、あたらしく吸収したものを体に蓄えておきたいという行為です。
デッサンで必要なのは、吸収力。
せっかくいいものを見て、食べても、それを感覚に取り込む力が無いと、体を素通りして、意味のないものばかり吸収してしまいます。
おそらく見えている世界は自分も他者も完全に一緒で、
目で取り込んで食べ、吸収する情報が、人によってちがうのです。
どこで、どんな時に、どんなものを食べて感覚を育てているかが、その人の芸術的感覚のすべてなのでしょう。

そして、次に大事なのが、飢え、のちから。
ハラペコじゃないと、何もかもがおいしく感じられません。
目が、感覚が常に飢えていないと、きっと本当のデッサンをできないのです。
吸収する準備がととのった体でデッサンに向かわないと、全くもって時間の無駄になります。
飽食は、感覚を病気にかける、最もおそろしい誘惑のようなものです。
美しいものばかり見続ければいいわけは無く、きっと泥の中を這いずり回って見つけるちいさな金の輝きを探すように飢えていないと、だめなのでしょう。

この、デッサンの食事を飢えた時にとらないと、
感覚は餓死し、過去の燃料を使ったエネルギー切れの彫刻に、どんどん、どんどん落ちてゆく気がします。
そして燃料が枯渇している事にも気がつかず、死んだまま立っている木のように、中身はすでに空っぽの彫刻になってしまう気がしてなりません。

また、感覚の燃料は、知らないうちに、肉食野生動物のような猛獣に見つかり、逃げる事に失敗すると食べられてしまう、過酷なサバイバルです。社会、人間、情報、たくさんのウイルスや敵が、豊富なおいしいエネルギーをねらっても来ます。自分の感覚は、死守しなければなりません。

私にとっての燃料は自然物のデッサンによる感覚の燃焼ですが、
人によっては書物の中や、
星空を見上げた時や、
海に潜って見つける感覚のエネルギーもあるでしょう。

いつもとなりで見ているはずの犬ですが、
デッサンをしていると、
この子の老いに、一番気づかされます。
カタチあるものがかならず滅びるという事実だけが、
私を彫刻に奮い立たせてくれる、唯一の、原因になっています。
ものの、いのちの死だけが、生産の、活力源。
まさしく「時」が存在する事が、彫刻をも、刻んでいるのでしょう。


デッサンというのも、いのちの取引に、他ならないのだなと、
命がけのデッサンを、重ねられるように、
今日もまた、懲りずにあたらしい感覚の食べ物を、探しに行きたいと思います。


1000体どうぶつ、今100体が完成しました。
5がつの大阪の展示には、何個で来ているかな?
3/17日にジャズ&彫刻のイベントが東京でまた行なわれます!
このミニ彫刻も連れていこうと思うので、音楽も美術も、スキー!というひとは、ぜひ遊びにきてくださいね!


# by m_kirin30 | 2012-03-03 12:16 | 日常 | Trackback | Comments(2)
挑戦


男の子に生まれたかった、といつも思います。
少年のように夢を見続け、少年のままおじいちゃんになって、
いちクラフトマンでありつづけるような。
私は冒険も挑戦も修行も大すきなので。

こんなはなしを、かつて造形大学の教授、石彫の隆根先生から言われたことがあります。

「彫刻家は、
 鈍感な、ねちっこくて、不器用なやつ、がむいている、、、ウヒヒヒ、、、」

どれも、褒め言葉ではないように思うのですが、
私には最高に、嬉しい一言でした。

コツコツ、という言葉は、彫刻家が石を叩くおとから生まれたと言いますが、まさにその通りで、
敏感に世の中の変化を察知していると、作品がぶれて、芯がなくなった流行ものになってしまう、
努力、継続こそが力だという感覚がないと、とても続けられない、苦しい世界、
器用だと、すぐ飽きる、不器用なひとは、いつまでも上手くできた気がしないから、続けられる、
という、言葉なのでしょう。
10年経った今の私には、この言葉のほんとうの意味が、身にしみています。


芸術家にとって、けなし言葉は、ほめ言葉。
ほんとうに真の芸術をめざしているひとなら、そうでしょう。
上手い絵だ、きれいな彫刻だ、器用な作品だ、、、
博物学者の荒俣先生に、「頭がほんとうによろしいですね、、、」と言うようなもので、
ふつうの褒め言葉が、一番の感想になってしまうと、負け、のようなところが、作り手にはあるのです。


私は鈍いので、申し訳ないほど現代美術もほぼ知りません。
はやりも、流れも、他の作家さんが何を作っているのかも、全く知らないですし、
興味は生物界だけにあるので、それだけでいいのかも知れないとさえ、思っています。
彫刻に、自分の思想や政治観をこめるのが一番いやで、
できれば、浮き世はなれた、嬉々とした生き物たちの姿をただ作りたい、と願っています。
コンセプトもなにもない、いち彫刻でありたい、と思っています。

いつまでたっても、つくってもつくっても、納得できず、
すべてをなげうってでも、人生をかけてでも、作りたい、どんな孤独と戦ってでも、作りとげたい、そんな強い思いがないと、
彫刻家という肉体的にも精神的にもきつい職業は、続けることができないでしょう。
特に現代では、他にも生きる道はたくさんあるし、
ましてや女性であれば、もっとしあわせな道はいくらでもあるし、
彫刻家なんて、よほどのへんなヤツではないか、と、自分でもよく思います。




今年、新たな挑戦を始めようと思っています。
彫刻王(笑)になるための第一歩、
1000体のちいさなどうぶつを、作るというもの。
年間200体くらいをいつも制作しているのですが、ことしは1000体どうぶつに挑戦します。
かといって数に負けず、ひとつひとつにきっちり命があるように、
いまかつて無いほどの制作意欲に燃えています。




ひとつひとつの彫刻の動物たちに、ちいさな願いをひとつづつこめて、
わっと1000体ならべられる日が来る事を、
私も楽しみにしています。




次回展示会は5月末、大阪 枚方の星丘洋裁学校内にある、ソーイングギャラリーです。
5/17〜26日まで、
1000体どうぶつの、何体できているか、お楽しみに!
# by m_kirin30 | 2012-02-23 13:59 | 日常 | Trackback | Comments(2)
今をつくる


彫刻を続ければ続けるほど、感じる事がひとつあって、
彫刻は、続けた年数でも、作った数でも、かけた時間でも、材料や道具でもなく、
今を丸ごと刻む事という無理難題の、今そのものの答えなのかもしれない、と、おもいます。
彫刻は、美しいものがなぜ美しいのか、それの答えを探す事、のような。

目の前の今を、極小のものから、極大なものまで、まるごとを刻むこと、
めにうつるもの、耳で聞くおと、においで感じるもの、手触りの感覚、その日の気持ちや、からだの動き、、無量大数ほどの数字の計算のように、膨大なデータがあふれかえっている、目の前にある、今。
それを、素粒子ほどのちいさなきっかけも見逃さず、
広がっていく宇宙の空間のはしっこを感じながら、
まるごとの今を刻んでいくというのは、とてもとても難しい事であるようで、
挑戦する価値のある、生涯のワクワクでもあります。

私の彫刻する題材は、常に「いきもの」なのですが、
「生物」ではなく、「生命」を作りたいといつも思っています。
でもよくよく考えると、「生物」と「生命」の違いは何か、
物と命では大違いですが、言葉の違いだけでなく、
自分、と目の前のコップとの違いは何か、パソコンと自分の脳と、どこが違うか、
食べるもの、食べないもの、エネルギーを生むもの、使うもの、
まさに、「命とは何か」の命題を、私は作りながら探していく研究者のようなものでありたいと思っています。

目に見えるものだけではない、うちにある美しさや愛らしさ、
外側にある空間や温度、
たいせつなのは、見えるものの内にある、または外をおおっている、見えないものをつくることなんだと、最近では考えています、そこに、ものと命との、ちがいがあるのかとも考えています。
さらなる思考はとどまらず、ですが。


今年は、彫刻を作る以外にも、たくさん物語を書いたり、考えたり、彫刻の周りにあるものも、じっくり見つめていこうと思っています。

今年は、年齢的に厄年だそうで、厄除けしたほうがいいという意見をよくいただきますが、
私は、楽天主義なのでかもしれませんが、厄がおとずれるということは、なんとありがたいことなんだろう!とおもってしまいます。
だって、今まで好調で気がつけなかった自分の欠点や、ダメなところが、おそらくはっきりと失敗や苦しみになって現れるのだから、こんな成長できるチャンスの年は人生でそうそう、ありません。
死なないなら、どんな苦しい事も、除けずに受け止めてみたい、
失敗や苦しい事と向き合って、最後に笑いに変えるつよいちからを身につけて、克服し、
またひとまわり明るくなった自分になれるように、
と思っています。


名古屋ミュシカさんでの展示会もあと一週間、たくさんの方に、アラブの生きる動物たちを見に来て頂きたいと思っています!

最近はまたあたらしいカタチづくりにチャレンジ、彫刻刀やノミ以外にも、木を割ったり叩いたり、いろいろ木のあたらしい一面を、さがしていこうと思っています。

ともだちが、先日のミュシカさんでの木彫りワークショップの動画をつくってくれました!
よかったらみてくださいね。


# by m_kirin30 | 2012-02-07 22:33 | 展示 | Trackback | Comments(4)
ひろいもの


ちょうど一年前、1/16日に、jazzフルートの太田朱美ちゃん率いるRiskFactorというバンドと、生の彫刻する音にあわせて音楽を演奏する、というイベントをしました。
あれからはや一年、
また同じメンバーで、ひとつづつ年をとり、ライブ彫刻&ジャズのライブを実現させることができ、とってもうれしく楽しい時間でした。

ことのはじまりは、私がある日、
「彫刻を彫る時って、ものすごくいい音がする。カーンカーン、コンコンコン、コチコチ、カチカチ、トトトトーン。この、ただの 音 を、音楽 に、変えることができたらどんなにいいだろう」と、
つぶやいたことからはじまりました。

すると朱美ちゃんが、それ、おもしろい、やってみよう、と言ってくれて、
彫刻を彫る音を、ジャズの即興で、ミュージシャンたちに、音楽に変えてもらう、というライブを、
実現することができました。


ただの「音」だったものが、「音」と「音たち」とをくみあわせて、「音楽」になる瞬間。
リアルなそのときに、立ち会える事は、この上ない楽しさで、ただ、感動します。
そして、それをみたり、聞いたりしてくれる、お客さまたち、
「音楽」が、「音楽」であるということは、私たちがつむぎだした「音」のかけらを、いいなあ、とおもいながら聞いてくださる方がいて、はじめて、「音楽」という感動共有伝達になるのだなあ、と。
いいなあ、と聞いてくださる方がいないと、「音たち」は、行方不明になって、転がって、どこかへ消えてなくなってしまいます。


知識は、ひとに教えたとき、はじめて知識になる、と聞いたことがあります。
音、も、人に、いいなあと、聞いてもらってはじめて、音楽になり、
美術も、だれかに、美しいなあ、と大事に思ってくれた時に、はじめて、美術になる。
料理も、おいしい、と食べてもらって、はじめてお料理になるのかな、と。

ひとりじめしようというようなつまらない感情ではいいものは作れない、
お金にかえられない、言葉にしようのない、もっとすごい感動をひとに伝えたい、そのそれぞれの方法が、つくる、という私たちの仕事なのでしょう。


ものが、ものにちゃんとなるのは、共感し、感動してくれる相手や、世界があるから、
ひとがこの地球にいなくなれば、芸術なんて、すべてなくなって消えていくだけのもので、
自分のもののように思えるものも、じつは全部、ひろいもののようなもので、誰のものでもない地球のカケラであって、
音楽も、美術も、どんな音をひろって、どんな美をひろって、何を捨てて、つくるか、作り手にとって試されているような気がします。

そこら中に落ちているものづくりのカケラに誰よりも敏感でいる事、そして、ひとりじめしないこと、それが、たいせつなことだと、あらためて感じました。
私が作った彫刻達を、見てくださる方が、最後に、いいなあと思ってくれる事で、はじめて、美術になる完成の瞬間がきます。
これからも、つくったものを、たくさんのひとに、みて頂けるように、がんばらなくては。

ジャズのライブというのは、きっと、その日来てくださったお客様が、いっしょになって音楽を作っている、そんなことを、とても思った一日でした。

よろしければ動画で、ライブイベントの一部をお楽しみください!





名古屋ミュシカさんで、もうすぐ巡回展が始まります!
ワークショップもたくさんあるので、木彫り体験や、デッサン体験も、ぜひチャレンジしてみてくださいね!

はしもとみお 「砂漠のケモノたち」
2012.1.27 fri - 2.14 tue
OPEN 11:00-19:00 CLOSED THU



UAE(アラブ首長国連邦)に一カ月滞在し、動物たちを取材しながら一緒に過ごした、彫刻家 はしもとみお。現地でふれあった動物たちの彫刻 約60点を展示致します。

彼女の目でとらえた動物の筋肉、毛並み、息づかい。ノミや鋸、彫刻刀を自由に使い、動物の見える形の中にある いのち そのものを彫り出します。会期中には現地取材で描いたスケッチの一部を公開。ワークショップや似顔絵会も多数あります。生命溢れる彫刻の数々をぜひご覧ください。


# by m_kirin30 | 2012-01-21 21:04 | イベント | Trackback | Comments(9)
プレゼント

2011年は、つくりつづけておわりました。
2012年がはじまりました。
彫刻は、とても時間がかかるものづくり、一年かけて部屋いっぱいの動物たちをつくるのがやっとです。2012年は、どれくらいつくれるんだろう、そして、2013年は、、とおもい、
そうやって考えると、健康である事がもちろん条件ですが、彫刻家という職業は、生涯かけても、それほどたくさんの彫刻を作れるわけではないのだなと感じます。

一生の計画が必要で、30代はこんなの、40代はこんなかんじ、とおもいをめぐらせていると、私の一生なんてあっという間の出来事でしょう。
人生の卒業制作は、おそらく60代が限界、目も見えずからだも動きにくくなってくるので、70代からは生きられる限りちいさな動物たちを彫り続けられれば充分です。

のこりの寿命はわかるはずもないけど、もし人並みに健康に生きられたとしたら、
つくりたいものはもうあふれていて、
一生分くらいはもうすでに思い浮かべていて、
あとは、つくれるだけ、つくるだけ、そんな感じの短い人生です。



最近、自分の一生を他人がみるようにながめています。
同世代の友だちは、主婦になって子どもを育てて、家庭を守りながら暮らしていて、
自分の生活は、あまりにもその「ふつうのしあわせ」とかけ離れ、
何にこころが取り憑かれているのか、
狂ったように彫刻を作り続ける日々です。
だけどそれが、私の「しあわせ」なので、今はどうしようもなく、
他の人に、かわいそうに、、とおもわれるような日々が、私にとっては最上の暮らしです。

わたしにとって、自分のものはこの世界になにも無いので、
逆に世界中のものが自分のものであるように満たされていて、
彫刻の仕事をして暮らしていける事だけで、それ以上はなく、
この気持ちを一生離れることはないでしょう。

「作品というのは、この世界に向けてつくったプレゼントなんだって」
この前展示会で、自分のつくった彫刻と離れるのが寂しくて泣いていた私に、世代工房の奥さまが言ってくださった言葉です。奥さまも先輩に聞いた言葉だと言っていました。

つくった時点で、自分の手からはなれ、世界へのおくりものになる。
そういうきもちを、いつまでも忘れずにつくっていきたい。
そんな事を思った、2012年のはじめでした。



そして、、

新年1/16日 17日と、2日間、彫刻(ココにいるケモノ展のガゼルやラクダが参加!)と音楽
ツアーをします!
1/16日は、ジャズ×彫刻ライブ
1/17日は、ポップス×彫刻ライブ
お好きな音楽のジャンルのほうへ、ぜひ遊びにきてくださいね~!もちろん両日もうれしいです!

2012、1/16日

新宿PITINN

太田朱美Risk Factor×はしもとみお

昨年大好評だったジャズ&彫刻ライブ、第二回開催!
ライブ彫刻や、ガゼルやラクダなどの彫刻展示、
アート&ジャズの時間を、お楽しみください。
ジャズライブがはじめてという方にもおすすめ、
アクセスも便利なpitinnに、ぜひ遊びにきてくださいね!

19:30開場 20:00開演

charge 3000円(1ドリンク付き)

ご予約はpitinnまで 03-3354-2024




そして翌日、1/17日は、

ケモノン音楽会vol,1      出演者  ポチ  けもの   三角みづ紀duo

ケモノ系音楽とは?
どうぶつたちの気持ちを唄にした、ゆるポップ系女性ボーカル ポチ。
jazzyなサウンドに、ここちよい声で唄いあげる、青羊(けもの)。
オルタナティブで、詩的世界感の、三角みづ紀duo
三人の女性ボーカルによる、ナチュラルサウンドな音楽会、「ケモノン音楽会」
今回は、ポチ東京デビューライブに伴い、彫刻家はしもとみおの動物彫刻たちも多数参加、
どうぶつたちにかこまれて、どうぶつたちのサウンドで、極上のけもの音楽ワールドを堪能しにいらしてくださいね!

2012年1/17(tue)
19:00開場 19:30開演
charge 1000円(+1オーダー)
 ご予約 楽や 
03-3338-6068

または ami.matsui@gmail.comまで



動画は、ココにいるケモノ展 大磯 世代工房さんで行なった、ケモノライブ。
「けもの」の青羊ちゃんの唄声が、動物たちに響いて、感動の空間でした。






# by m_kirin30 | 2012-01-02 01:19 | 日常 | Trackback | Comments(4)
「ココにいるケモノ」展2

寒い中、遠い中、ほんとうにたくさんの方が「ココにいるケモノ」展 世代工房に、足を運んでくださっていて、胸いっぱいのおもいです。
はじめて出会った方も、以前から仲良しなかたも、ほんとうにありがとうございます。

この展示会では、世代工房を運営なさっている西村先生ご一家の献身的なサポートによって実現し、私は日々ごはんに、お布団に、珈琲に、ささえていただいてこの一ヶ月を過ごしています。

ここ、世代工房で展示会をさせてもらうには、たくさんの意味がありました。
まず、私にデッサンを叩き込んでくれた西村先生、先生から教わった事を、たくさんのかたに知って欲しい、そして、そのアカデミックなデッサンの原点は、「日常に美を」という民芸にあるという事、そういった流れを伝えたくて、お家のかたすみにひっそりとある、すてきな工房、世代工房さんで展示をしたいと、強く私が思ったのでした。

日常のとなりに、すみっこに、あしもとに、ころがっているたくさんの美になろうとしているものたち、それを、ひとのちからで、美術にする、そんな事をおしえてくれた、先生。

わたしは、16才からの5年間、はじめての美術を、このアカデミックな先生に、教えて頂いた事をいまになって、とても感謝しています。



美術家になるという事は、敏感に感動する力を持つという事、
感動力があれば、かんたんに美のカケラはみつかります。
さんぽのとちゅうの、愛らしい犬の表情や、
家で猫の見せる、なめらかな美しさや、そんなことを、つくり続けていけたらいいなと思っています。どんなに世界が動いても、ぶれないように、根の強い木のように。

たくさんのお客様が、彫刻にさわっていってくださいました。

ハトムネのおきゃくさま、鳩のクブズと。

月くん抱っこ、ガゼルのダマーニもうれしそう!

イベントもいくつか行ないました。
詩人の三角みづ紀ちゃんとの詩と彫刻のライブ、

友人アーティスト けもの によるケモノライブ!


クリスマス、そして、あと2日、
ケモノ展の最後を、楽しもうとおもいます!





# by m_kirin30 | 2011-12-24 10:40 | 展示 | Trackback | Comments(6)
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