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小さい頃

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彫刻をはじめるきっかけになったのは、ずいぶん昔にさかのぼります。
小さい頃から、本当に生き物が好きでした。
はじめて犬を飼ったのは9歳のとき、ゴンくんと名付けたその犬は、ほんとうにかわいくて、でも生後数ヶ月も立たないうちに病気で死んでしまいました。
私は悲しくて、獣医さんになってゴンくんのような子を助けたい、とおもい、それから生物学にとても興味がある事もあって、理数系のある中高一貫の学校で理科の勉強を中心にがんばっていました。
絵も音楽も好きでしたが、芸術を仕事にしようとはそのころまったく考えてなかったように思います。
大きく変わったのが、中学のときにあった、阪神大震災でした。
私のおうちはぼろぼろになり、近所の通学途中好きだった犬や猫も姿を消し、
大好きだった景色や、大好きだった動物たちが、ある日ふっと、なくなる。そんな経験をしました。

そんなときに、思い出したくても、思い出せない、触れたくても、二度と触れられない、
その悲しさから、形あるものがいかに美しいものだったのかを、深く考えるようになりました。
どれほど美しかっただろう、どんな手触りだっただろう、
失ってしまった命を、医学で取り戻す事は不可能だけれど、
彫刻という力を借りて、その姿を残す事はできる。
私は、動物たちの、そのままの形が大好きだったのです。

だけどいざ美術の方面で仕事をするとなると、私にできる事は一体何かを考えて、
最初は、絵でその美しかった動物たちの姿を残せたらいいなと思っていました。
けれど描くうち、2次元ではもの足りず、同じ3次元にかつてとおなじ存在感でその子がいたら、どんなにいいだろうと思うようになりました。
みるみる、「彫刻」というものに、私は取り付かれて行きました。

失った形を取り戻す、そんな事なんて、人間の手にはとうていできない事なのでしょう。
形あるものは、失われるからこそ、美しくもあるのでしょう。
私は彫刻で、命を吹き込んでいるとかそんなふうに思った事は一度もありません。
命はもう既に木の中に眠っていて、モデルのその動物たちが、「私を思い出して」といっているような気がして、制作しています。
あの時の、あの表情、あの一瞬を思い出して、それを形にする、
デッサンにデッサンを重ね、15年もの訓練を経ても、いまなお制作は難しく、うまくいかないたびに、落ち込んだりもします。

最初は私が出会った個人的な動物たちを残していましたが、
いまでは、多くのかたのたいせつないきものの家族の姿を、彫刻にする仕事を続けています。

とても難しく、責任の重い仕事ですが、私があの震災の後おもった、
「あの子は、あの子がいる景色は、どれほど美しかったことだろう」の思いが、
私を迷わせる事無く正しい方向へ、動物たちが導いてくれているように思います。
かつて生きていた美しいものたちから、これから生まれてくるであろう美しいものたちへ、
彫刻を通して、伝える仕事を、生涯続けて行けたらなと思っています。

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10月末には、福岡へ動物たちが旅をしてきました。
銀行という人間ばかりの場所が、あるひ動物たちの森になっちゃった、という企画で、
たくさんの方が彫刻のどうぶつたちに触れていただきました、
ありがとうございました、
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現在ユニクロのヒートテックのCMに出演させていただいています。
話している内容は、彫刻家が古代から大切にしてきた感覚のはなしです。
またテレビでチラッとみたら、彫刻という世界の事を思い出していただけたらと思います。



現在開催中の展覧会
11月12日~12月14日 滋賀県永源寺図書館 視聴覚ホールにて「本の森の動物図鑑」
近所の永源寺の紅葉がとても綺麗です。ゆったりとお時間を取って、関連する本と彫刻をみていただける展示になっています。お休みの日をご確認の上お越しいただければと思います。


11月29,30日、大阪、心斎橋にて ボダイジュエキスポ3に出品します。
ホテルの一室を、今回はアラブのはなももさんとコラボして、はなももワールドを展開します。
ガゼル、ハト、猫、犬、ラクダ、、、たくさんの動物たちに、ぜひ会いに来てくださいね!












by m_kirin30 | 2014-11-24 16:43 | Trackback | Comments(4)

旅する彫刻

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かわいい彫刻ほど、旅をさせたいと考えています。
展示会に必要な最低限の彫刻たち以外は、すべて作ったものは手放してきました。
いいものほど、手放す方がいい、そういう思いを感じられたときから私は、ひとりの彫刻家として自立できたように思います。
いつか、世界各地に自分の彫刻の動物たちがちりばめられている夢を見ます。
海辺のレストラン、山奥の山荘、町中の図書館、コンビニのレジ、どんな場所にも、似合うような彫刻を作りたいと考えています。
そして作った作者は不明でも、その彫刻が町の人からかわいがられる、そんな風になったら、どれほどすてきなことでしょう。


昔阪神大震災にあって、家の中がぐちゃぐちゃになりました。
たくさんの神戸の人たちの大切なものが焼かれ、壊れて消えてしまいました。
そしてまた大きな地震で、たくさんの方の大切なものが失われていきました。

地球上安全な場所なんてないし、どこに住んでいても、土地を買ったとしても、
すべては地球の持ち物なんだという気がしています。
自分自身だけのものなんて、この世界に一つもないような、そんな気さえしています。

あるときから狂ったように彫刻を作り始めました。
失われた「形」にとらわれた私は、大好きだった動物や生き物たちが木の中に浮かんでは見え、
10年経った今でもなお、何を彫ろうか悩んだ事もなく、彫りたい生き物たちがまだまだあふれかえって私を待っているようです。
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一本の大きな樹のようになりたい、といつも思っています。
実りは遅くても、ゆっくり時間をかけて、根をはり、おおきくなって、
その種を、鳥や風にはこんでもらう、ような。

彫刻を手に取ってくださる方は私にとって風であり鳥であり、
彫刻になったその子の一生を、またあたらしい風景と物語で生かせてくれる、大切な感謝してもしきれない存在です。
彫刻を、世界中たくさんの場所にちりばめたいと思っています。
それは、きっと種の保存の習性とおなじで、
私にとって作る彫刻たちは血であり種であり、
私自身のものだけにするのではなく、
大切な彫刻ほど、たくさんの方に届けたい、
たくさんの土地に住んでもらい、たくさんの土地を旅してもらいたい。
どこかで、だれかに大切にしてもらった方が、彫刻が生きる可能性がとても大きいからです。

例えば自分の家にすべての彫刻を置いて大事にしまっておいたら、
きっと地震や火事で、一度にすべてがなくなってしまうリスクが、高まるのでしょう。
世界中にちりばめておけば、どこかできっと、私が死んでも、無事でいてくれる。

彫刻たちとのさよならは寂しいですが、私が生きている限りは、また作る事ができる。
あと数十年のびっくりするほど短い期間につくる彫刻の動物たち。
ちりばめる彫刻を、迷子にさせないように、
誰かにとって宝物になるように、
つくりつづけていきたいな、とおもっています。



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014年5月 東京 浅草橋 ギャラリーKISSAさんにて個展 「いぬねこ島へようこそ!」開催中です!

彫刻家 はしもとみお展 いぬねこ島へようこそ 2014.05.17 (Sat) – 06.21 (Sat)


6月14日 名古屋 ミュシカ分室さんで木彫り教室デッサン教室があります!


2014年7月 兵庫県 西宮ガーデンズで木彫り教室があります


2014年7月 大阪 箕面市 けんちくの種さんで はしもとみお展〜いきものたちの隠れ家〜 開催します!

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写真はこの前の猫を彫るワークショップのお客様の彫刻、すばらしい!




by m_kirin30 | 2014-06-02 09:47 | Trackback | Comments(2)

とちゅう

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いつも、目的に向かうとちゅうにいるような気がしています。
作品でも、完成したものがすべてではなく、そのとちゅうに意味があるような。
いきものは、生まれて死にますが、あらゆるものごとで結果がすべてだとしたら、それはとても無機質なものになってしまいます。

でも、出来上がったものだけみると、とちゅうをその人がどう過ごしてきたかなんて、一見分からない。死んでいる虫を見て、この虫がどんな一生を過ごしてきたかも、到底わからない。

それほどあいまいな世界で、人は言葉を駆使し、表現を駆使し、他者に自分の過ごしてきた、大切なとちゅうを、伝えようとする生き物です。

「愛しても 愛しきれない   驚いても 驚ききれない  
 歓んでも 歓びきれない  哀しんでも 哀しみきれない 
 それが版画です 」

棟方志功さんの言葉です。

伝えたいのに、伝えきれないもの、その伝えきれない部分にだけ、ほんとうに大事なとちゅうの真実が隠されている事もあります。
隠している場合もあります。ほんとうの真実は、自分の中だけに閉じ込めたい場合もあります。
版画に限らず、彫刻も、絵画も、その作家の想いや、すごしてきた大切なとちゅうは、伝えきれないものなのでしょう。

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私は、むずかしいことだけれど、そのとちゅうの物語を、彫刻にこめて、作って行きたいのです。

ただの犬、ただのネコ、ではなく、たったひとりだった、たいせつな存在。
そのうまれてから死ぬまでのとちゅうを、一体誰と過ごして、その目は何をとらえ、その耳で何を一番に聞き、その体で何に喜んで、何に苦しんだのか、
飼い主にも分からないその子の真実だって、たくさんきっと、あるのでしょう。

そしてそれらを強調するのではなく、ただその子のありのままの姿のなかに、その子のとちゅうの歴史を閉じ込める。そんな彫刻を、目指して行こうと思っています。
それには、そのこの過ごしてきたとちゅうを感じてあげられる目を、持たないといけないなと思います。
思いやる、というより、思い描く、事に近いのかもしれません。
怒っているネコ、すねている犬、逃げる虫たち。
そのこたちの生きてきたとちゅうの歴史なんて、想像することしかできませんが、

大切にしたいのは、よく相手を観察する、とうこと。
よく見て、よく考え、よく思い描く。
何に怒り、何に喜び、何に哀しんでいるか、よくよく観察する事で、そのこのとちゅうの物語が、見えてきます。
そんな事を大切に、いまは彫刻と向き合っています。
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ものごとをよく観察する力は、美術だけでなくたくさんの瞬間で自分を支えてくれます。
相手を深く知ろうとしないことが、信頼関係を築けない事にもつながるからです。
向かい合っている相手の、結果ではなくとちゅうを観察する、
そうすると、本当のところが見えてくるようにも思っています。

あくなき世界への観察を、つづけて行けたらなと思っています。

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この秋〜冬はワークショップと展示会が続きます、
ぜひお近くの方など、遊びにいらしてくださいね^^

9月28日から10月14日まで、滋賀県でANIMAL展に参加

10月、東京もみじ市に参加 ワークショップあり!寝ている柴犬を彫ります!


11月、大阪ボダイジュエキスポさんに参加
今回はちいさなワンワン彫刻シリーズ、60種の犬種のミニ彫刻&ネコキーホルダーを販売します。
また、トートバックやTシャツなどのグッツ販売もあります^^
是非遊びにきてくださいね^^


そして、名古屋ミュシカさんでの木彫り教室も復活です^^ご予約はお早めに〜!
10、11、12月と開催、11月はなんと黒柴月君のデッサン会です!


今回の素敵な写真たちは、写真家の森田直樹君が撮ってくれたものです、ありがとう〜^^
by m_kirin30 | 2013-09-20 10:40 | Trackback | Comments(0)

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好きな事はとことんのめり込み、嫌いな事はいっさいやりたくない、興味を持った事に大きく偏った私の青年期は、ひねくれ曲がった木のように、たくさんの人に迷惑をかけ、自分も傷だらけになりながら、生き物の研究や、音楽や、演劇や、興味がある事はあれもこれも中途半端にやってきました。

美術の世界に飛び込んで、それはまさに、かなづちが大海に飛び込むようなもので、
死ぬか生きるかの瀬戸際を数年、ようやく普通に浮けるようになって数年、という無謀な挑戦から始まり、今年で15年目になります。

彫刻、というものに、若い頃から出会えたのが、私の人生でいちばんの幸福でした。
彫刻は、私が一番逃げ出したいと思っている問題をすべて直面させてくれるもので、
彫刻のおかげで、何でもできるようになりました、いやなことでも、苦手な事でも。
今までは逃れられた問題も、彫刻だけは、私を逃がしてはくれませんでした。
そして、彫刻だけは、中途半端で終わる事を、私に許してはくれませんでした。

それはきっと、何か1つの事をつきつめていけば、かならず突き当たる部分であり、
そこでやめるか、つづけるか、その先を見に行くか、もどるか、
それを繰り返して、あとは前人未到のケモノ道を、進んで行くしか無いのでしょう。
それでも進みたい、と思える事が、天職だったのだと、思っています。
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彫刻が大好きなので、彫刻に見捨てられたら終わりだと私は思っていて、
彫刻をやめる時は、はしもとみおという人間をやめる時だとも、いつも思っています。

自分の仕事が完全に形に残って行く、彫刻と出会って、厳しさと、その厳しさを表現するにはそれに対応したやわらかさがないといけないという事、
できるだけおおきな器となって、たくさんの感覚をうけ、そのなかで何を捨てて行くかが、彫刻の大事な決断であるという事、

たくさんのことを彫刻から学んだ中で、いちばんの事は、
信じる、ということに、つきると思います。
自分を信じることは、自信、なのですが、これと自己満足の境目がとても難しく、
一歩間違うととたんに一番悪い状況にもなってしまう、とても危険なものですが、
ほんとうに大切な事は、それくらい危ういもののようにも思います。

自分を、自分のいる世界を、未来を完全に信用する事は、とても難しい事です。
なんとかなる、というあいまいなものでは決してなく、確固たる自信を持たなければ、未来のためへの具体的な努力ができません。
未来を完全に信用する事は、ちゃんと疑った上で、この道の選択でよしとする、というとても気力のいる、疲れる事です、そしてその力が少ないと、努力をする、つづける、という力が失われて行きます。
時の流れ、世界の流れの中でも、濁流の中でその針を、ぶらすことなく一定に保つ力、
方向を見失わず、目先の流れに右往左往せず、目的地へ進む、そんな力は、
自分の指針と、世界の理を、完全に信用していなければ、生まれてくるものではありません。

継続して努力するという事は、一番の答えでもあり、努力こそが、自由へと自分を導いてくれる。
その一番根っこになる力は、この世界を、自分を、信用する、ということなのでしょう。
信用すれば、間違っていたらきっちりと裏切られる。
それを学んで、また新しいものを信用して、また間違う。
同じ間違いを二度としない事だけ、学習して、
世界をあきらめずに、信用し続ける力こそが、宝物のように、そう思っています。

間違った分だけ、信じる力も、身に付いてくる。
デッサンが、まずモチーフを100%信用する事から、始まるように、
この世界を信用する事ができた私は、ようやくスタート地点に、たてたのかもしれません。
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今年は制作に没頭しようと思っています、立ち止まって、蓄える、そんな時期なのかもしれません、
今年も、よろしくお願いします。

次回展示会&ワークショップはこちらです。
春休みの小旅行に、那須高原にぜひ、遊びに来てくださいね!
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いきものたちの、ものがたり 展

木彫りの仲間たち: はしもとみお 本多絵美子 新井達矢 宮本裕太 
ものがたり: 竹内真
音楽:ポチとolive
映像:渡邊春菜

2013年3月16日(sat)~3月24日(sun) (19日火曜日休) 
場所 えほんの家MURMUR
入館料:500円お飲み物付き(未就学児は無料)
open10:00~17:00
火曜、水曜定休(20日祝日は開館)
電話0287-69-6535
メールアドレス info@murmur-museum.com
えほんの家MURMURサイト
住所:〒325-0303 栃木県那須郡那須町 大字 高久乙 字 伊藤台1439-108(繭の里内)駐車場あり

3/1~先行展示 「ものがたりのアンテナ」彫刻 はしもとみお 文 竹内真

彫刻家はしもとみおと、彫刻の仲間たちが心を込めて作った、たくさんの木彫りのリアルな生き物たち大小約50点が、森の中のえほんの家MURMURにならびます。
ゆっくりとしたお時間を過ごしていただくため、今回は特別企画として、小説家竹内真による、ものがたりとともに、はしもとみおの動き出しそうな動物の彫刻たちが、

みなさまを彫刻絵本の世界へご招待します。
また、会場では生演奏の音楽や、ものがたりの朗読なども、イベントで行います。
那須で、ひとときの芸術と絵本にふれる、ゆったりとした空気と彫刻を、お楽しみに、ぜひいらしてくださいね。
近隣には、宿泊施設(繭の里:お問い合わせhttp://www.mayunosato.com/)もございますので、小さな旅行気分で、いらしていただくのもうれしいです。

特別企画

その1

「ポチの森のえほんと音楽会」
絵本「神様のないた日」読み聞かせイベント&ポチライブ
動物の気持ちを歌う、ポチとoliveを迎え、渡邊春菜の演出のもと、はしもとみおの絵本「神様のないた日」の読聞かせ会と、森の動物たちの気持ちをうたった音楽ライブを行います。
3月16日(sat) 17日(sun) 23日(sat) 24日(sun)  16:30~17:00(投げ銭制なのでお気軽にご参加ください)

その2

はしもとみおの木彫りワークショップin MURMUR

ゆったりと時間を取って、晴れたらお外で、雨ならお部屋で、あなたの好きな動物を木彫りで一から作ってみましょう!

3月16日(sat)、23日(sun) 13:00~16:00  講座料3000円 定員8~10名
持ち物:好きな動物の写真、資料。絆創膏(怪我をしてしまった時のため)ペン(スケッチしたりするため)持っていれば、彫刻刀。汚れてもいい服装、エプロン。


お問い合わせ:hashimotomio@gmail.com
by m_kirin30 | 2013-01-13 21:51 | Trackback | Comments(2)

上手く描こうとするな

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上手く描きたい、正しく描きたい、そう思うのは当たり前で、絵をはじめてしばらくは、がむしゃらに自分の思う、「上手さ」探しでもあります。

上手さ、正しさを求めれば求めるほど、最後の最後に技術の鍛錬では超えられない、不思議なかべが、たちはだかります、この壁は、なんであるのか、
それは、いままで見たことのなかった、自分なのかもしれません。
自分というジャッジはおそろしいものです、
どこまでも甘くもあれば、どこまでもだまし、だまされる、
自分が本当に描きたかった世界と、今の自分の絵とのギャップがうめられず、
そのかべのまえで、足踏みして一生を終えられれば、どれほど楽かと思ったりもします。

そのかべをのぼるには、捨てなければいけない知識や技術のたくさんの荷物、たくさんの頭につまった重い既成概念、
今までしてきたことを疑うほどに、その挑戦は過酷で残酷ですが、
挑戦すること、そのものにだけある、あたらしいうつくしさ、おもしろさ、みたことのない美が、
かくしきれないようにこぼれ出てくる、そんなものが、ようやく、個性なのかもしれません。

その、手に入れたあらゆる技術を、選んで捨ててゆく、
その中に、その人らしさが、現れるのかもしれません。
持っているものより、捨てていくものに個性があらわれるような。

私は絵があるていど描ける、作れるようになったとあさはかに思っていて、そんな自分に、自分が出したジャッジメントは、
「上手く描こうとするな」
という、今まで自分に課してきた訓練と相対するものでした。

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私は最後の最後で一番欲しかった技術は、「完全に自由に描く」とうものでした。
マニュアルや技法、経験値、つまりは時間にとらわれず、モチーフと純粋にその瞬間めぐりあっていく、そんなかたちとかたちの出会いの物語、
それこそが、自分のつくっていきたい、美術だったのでした。

上手く描こうとすればするほど、私は理想から遠ざかる、そんな心地がして、
本当のデッサン力とは、いつでも自分の感覚から飛び、そして戻ってこられる、
自由をコントロールする能力なのだと、勝手に思っています。

後に、どの時代も、美術と真剣に相対した、そう思えるように、
真剣に大声で鳴く、庭の虫をみて、のこりの今年をせいいっぱい、ちかいました。

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by m_kirin30 | 2012-10-12 09:37 | Trackback | Comments(7)

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3月11日に、大きな地震が日本を襲いました。

東北、関東の方々、一日にしてすべてを失ってしまう地震で、つらいおもいをされていることとおもいます。少しでも、私にできる事は、と思い、この日記に書く事にしました。

先日書いていた日記、母親から事実でない事は書かないほうがいいと言われ、私の記憶があいまいなせいで、何が真実か分からないまま書いてしまって、もし事実ではないことがあったとしたら、深くお詫びいたします。

私の住んでいた実家は、尼崎市というところ、阪神大震災の、最も被害の大きかった地域のひとつです。奇跡的にも、家族全員は無事でした。
だんだん明るくなっていく夜明け、いつもの夜明けとはまるで違う、街の景色はまるで戦後、死のにおいがする景色に、声を失いました。
私は悪くて辛い記憶しか残っていませんでしたが、
母からの知らせで知ったのですが、近所の人は助け合い、結束して復興へ支えあっていたそうです。

勉強に勉強を重ねて18年間生きてきたお兄ちゃんが、入試を明日に控えていたのに、家族のために水をくんできてくれました。なんどもなんども。
困難な時にこそ、正しい行動をとる、そんな事をお兄ちゃんから学びました。

近所の方々の訃報を聞き、学校でも聞き、最も辛かったのが、動物たちの訃報。
飼えない、という理由からや、避難所に連れて行けない、という理由、
どのような理由も幼い私には理解できず、
当時の私は深く傷つき、獣医になりたいという夢も、それまでやってきた勉強も、すべて途端に失ってしまいました。

それでも10年、あくせく生きてきて、うちは両親ががんばってくれたおかげで、兄も私も、大学を出て、好きな仕事を今は続けています。
死を目前に体験したからこそ、自分の人生を生きる事、自分にしかできない仕事をする事に誰よりもハングリーになれたのだと思っています。
だから、生きているなら、何があっても大丈夫です。
亡くなった方の分も、生きている者は、正しく生きなくてはいけない。

何もできないと思う遠方の方も、そんな事は決してありません。
お金や物資が送れない人も、応援メッセージ、手紙、寄せ書き、どんな小さな祈りでも、被災者にとっては生きる力になります。
カップ麺より、おにぎりと手紙を。
精神的な救いほど、体を健康にしていく強いエネルギーになります。
どうか、なにもできなくても、祈りましょう。
生きている方がひとりでも多く救われる事、
生きていた方達がまた、前のように暮らせる日が来る事を。


動物たちすべて、足で立つしかない生き物たちには地震は襲いかかります。
地球にとっては、身震いくらいの小さな現象でも、生き物たちにとっては生死をかけた災害です。
人も、ペットや家畜、動物たちも、助け合い、命をひとつでも多く救いたい、
避難所の外の運動場などで、ペットをつないでおける設備などを作る事などして、動物たちも救いたいと思います。
ペットフードの救援物資もどうか届いていますように。
自分にできる事を考え、行動をして行きたいと思っています。
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by m_kirin30 | 2011-03-12 12:00 | Trackback | Comments(14)

くらし



彫刻シバちゃんの海のものがたり、おともだちの唄にのせて。

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あたらしい年がスタートしてすぐに、私は一歳年をとります。
だからよけい新年は気持ちがあたらしくなり、目標も高く夢も少し大きくなります。

にぎやかな動物たちでいっぱいのテーブルに座って、
「やれやれ彫るとするか。」
うれしいやれやれでいっぱいです。
仕事が続けられる事が、どれほど嬉しいかわからない。
どんな仕事でも、ちいさくてもおおきくても、心持ちは同じ、うれしいのです。

彫刻でくらすこと、を目指してきて10年、
彫刻がくらすこと、になりました。
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だけど私は、仕事をしたいあまりに、生活や暮らしをおろそかにしてきました。
10年前、たしかに分かっていたはずの事なのに、気がついたら忙しさで我を忘れていました。
いちばん大事な事は、どう、ちゃんと暮らすかという事。

朝起きて、家事をして、掃除をして、仕事をして、食事をして、後片付けをして、散歩をして、
そんな、ふつうのくらしがしっかりとできていないと、仕事がいくら進んでも、だめなんだ、そう感じました。

自分に100%正直に、自分にとってリアルで嘘のない、正しいくらし。
その毎日をまず見つけないと、いつかくずれてしまう、そう思います。

彫刻でリアリティを求めていくならば、くらしもそうでなくては決して見つからない。
もっとリアルに、もっと探して、もっと自由に楽しんで進んでみよう、そう思います。
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デッサンを教えている生徒が、パティシエになりたいと夢を持って、今スイーツ作りを真剣にがんばっています。
彼女は彼女がリアルに生きられる場所を探して、みつけて、そこへ行こうと、道をつくっている。
こんなにすてきな事はありません。

なんにだってなれるしどこへだって行ける、強い力を、いつも、ともだちや周りにいてくれる人たちや、動物たちから、教えてもらっています。
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リアルに生きようとするひとはキラキラ、元気のかたまりの星みたいに光っている。
そんな元気な彫刻が今年も作れるように、
元気でまっすぐなくらしを送れるように、
自分なりに、木と彫刻と向き合って続けていこうと思います。

p.s
アトリエにすてきな絵が二つ。

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デッサンを教えている生徒が描いてくれたシバちゃんとの絵
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上の方にヘロシナキャメラさんに描いてもらったペッパムーンの月くんの絵
by m_kirin30 | 2011-01-11 03:32 | Trackback | Comments(10)

思い出でいっぱいになったら

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2010年から2011年に変わる瞬間、誰もが少しあたらしいきもちになれます。
その時間とともに、何かか入れ替わって、いちばん始めに見た夢や、いちばんはじめに見た朝日が、あたらしく感動できたり。
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掃除が終わって、いつものテーブルのまえに座って、
生まれ変わったような新鮮なきもちで、次の一年もがんばろうとこころつよく思えるこの瞬間が、
とっても大切なんだと思います。

毎日新鮮に循環していく、ものや、思い出や、木のにおい。
アトリエの中で、今日も元気にものづくりができたら、それが最高の一日です。

このまえともだちと、アトリエで手芸部をしました。
民宿源さんで作った陶器のツバメマグカップで、友人のプシプシーナ珈琲の挽きたて珈琲を入れ、お兄ちゃんの音楽をかけながらふたりでのんびりアトリエでランチ。

ともだちが、「源でつくったカップで、プシさんのコーヒー、いつもの3倍も4倍もおいしかった!」
と!!

そうか!
ものづくりは、
そうやって、思い溢れるものに囲まれて、思いをこめていちから作るのがいちばん!
友だちが心を込めて煎ってくれたコーヒーをおいしく飲むために、
友だちのお宿でマグカップをつくること。
ひとつひとつがつながって、何倍もステキなものができる。
ものづくりのかけ算です。
ふとアトリエを見回すと、
ひとつひとつのもの達が、思い出でいっぱいです。
どれも、てづくり。
そんなもので満たしていきたい。
たのしかったり、くやしかったり、泣いてたり、大笑いしてたり、
ものが、全部思い出させてくれる。

わたしの作ってきた彫刻の動物たち、おおきいものもちいさいものも、
新しい家族と一緒にお部屋で過ごして、
触ってもらったり、話しかけてもらったり、
そうやって、たくさんの思い出を共感しているといいなと思います。
哀しい時も、たのしい時もそばにいて、
しずかにそっと、暮らしを見守る木の彫刻。
その子がいることで、しあわせがかけ算になるといいな、
そんなふうに、彫刻達が暮しているといいな。
思い出でいっぱいになってあふれるくらい。
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仲良しの農家民宿 源さんに、テングザル君の彫刻が行きました。
黒柴 シバちゃんがいるお宿なので、テングザル君の彫刻も、いろんなところにめぐりめぐってきましたが、きっといちばん素敵なところに、たどり着いたんだと思います。

どうか、お宿に泊まってくれた方は、おなかや鼻や、ワンコの頭を、なでてあげてください。
いつか10年、20年が経ったら、つやつやになって、
お宿なので、来るひと、かえるひと、また来るひと、
たくさんの思い出がつまった子になるといいなと思います。
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私は町中で彫刻していますが、
自分の彫刻が、全国世界各地で、
たくさんのあたらしい景色を見ていると思うと、
自分が旅をしてるように嬉しい気持ちになります。

旅する彫刻達、今年一年も、こころをこめてつくっていきたいとおもいます!

1月16日に東京 新宿pit inn でジャズ&アートイベントがあります。
動物の彫刻達をたくさん展示しての中での太田朱美ちゃんのライブです。
自分がいちばん楽しみにしてしまっていますが、関東近辺の方は、ぜひ遊びにきてくださいね!

p.s
仲良しの、あるいて一分走って30秒の美容室 cache+さんが、アトリエに遊びにきてくれました!雑貨コーナーに彫刻を置かせてもらうことになりました、また詳しく報告します!
そのブログがこちら
by m_kirin30 | 2011-01-01 18:46 | Trackback | Comments(6)

きえない。

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お盆には死者が帰ってくると言います。
私のもとへは、親友や、数えきれないくらいの虫たち、犬のともだち、ネコ、さる、たくさんの動物たちでにぎやかになりそうです。
死んだらどこへ行って何になるんだろう、といつも思います。

捨てたって誰かが拾う。
燃やしたって灰が残る。
隠したって誰かが見つける。
忘れたって記憶が残る。

何かを、完全に消す事なんて宇宙にはできない、ブラックホールの中にだって、おびただしい星の命の結晶が詰まっているのです。
物質は、決して消えない。

一枚の白い紙の前に向かうと、いつも、その白の奥に脱色された記憶の事を考えます。
この白い紙になる前は、きっとおおきな樹だったり、物質だったりしたんだろう。
筆も、私の使っているのはコリンスキー。いたちのような生き物です。
きっと、精一杯の命を生きて、狩られて、筆になったんだろう。
楽器も動物たちです。豚やヤギの腸や、ウマのしっぽ、みんな、何を食べて、何を感じて、何におこって、どうやって死んで行ったのか、その事を考えずにはいられません。

白い紙を前にして、絵を描く前、何か神聖な気持ちになるのは、そのためかもしれません。
楽器があんなに美しい音を出すのも、理由があるのかもしれません。
いつも絵を描く前、私はひと呼吸、祈りを捧げます。
紙になる前の、何かだった頃の、その命に、敬意を込めて。
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寺山修司さんの詩で、私の親友が好きだった詩があります。
「思い出さないで」 というタイトルのたった3行の詩です。

「私を思い出さないで。
 思い出されるためには、
 一度、忘れられなければならないのが、いやなんです。」

親友は、約2年前に亡くなりました。
私は地元を離れ、愛知で暮らしていたので、一年に2〜3回しか会う事がなかったのですが、浪人時代からいつも一緒にいて、私のすべてを知っていてそれでもいつも応援してくれる、たった一人の存在でした。美術の話、人生の話、夢の話、そのどれもを鮮明に覚えています。

29才という若さでこの世を去った親友、けれど、生きた長さなんて、人と比べれば短いだけで、彼女は彼女なりの一生を過ごしたんだとも思います。
かけた時間でなく、内容なんだと思います。
彼女が去って、私は一人が寂しい事を初めて知りました。
会わないのと、会えないのは、違う。けれど、
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「出会うという事はきっと、楽しさもかなしさも、同じだけおこるってことを、かくごしておかなきゃいけない、それでもぼくは、であえてよかったと、おもうよ。」

これは、「神様のないた日」という絵本の中のネコが語ることばなんですが、わたしはいつでも、こう思っています。死ぬまで味方だよ、ではなく、死んでも味方だよ、と思っています。

どんなにかなしい結末でも、思い出は消すことができない、けれど、共に過ごした楽しかった時間だけで、もう充分に幸せをもらっているんだから、それはそれはすばらしい事なんだと思います。
その消えない楽しかった思い出を、彫刻にしていきたいな、絵にしていきたいな、とおもいます。
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ツバメがなにより好きだった親友。
正確には、山崎まさよしさんの、「ツバメ」という唄が好きで、ツバメが好きだと言ってました。
親友へ、私の先輩の、彫刻家 大森暁生さんの作品を、プレゼントしました。
といっても、うちのアトリエに飾ってあります。
いつでも飛んでいるこの作品を見ると、親友に励まされているようで、私はがんばることができます。どこか外でも、ツバメを見ると、心が躍ります。
どうか、幸せに、飛び回っていますように。

消えなかった、消せなかった思い出を、形でのこしていく、美術。
ひとまわりもふたまわりも成長して、この夏は、きえないものを、たくさん残して行きたいなと思いました。




by m_kirin30 | 2010-08-14 09:22 | Trackback | Comments(8)

仕事

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彫刻のレストランは、日々始まっていて、私もシェフあさちゃんも忙しく毎日を過ごしています。
いろんなお客さんが毎日来てくれて、毎日新しい出会いに囲まれて過ぎていきます。

彫刻家、という職業を聞くと、知らない人はどういう仕事だと感じるでしょうか。
好きな事をやっている仕事
食べていけそうにない仕事
大変そうな仕事
おもしろそうな仕事

毎年たくさんの子達が美術を志し、そのごく一部が彫刻家になりたいと希望します。
彫刻を選ぶ子は、かなり珍しいほうです。

彫刻だけでは食べていけない。

こんな事を美術大学に入る前の高校生が語っていたりします。
もちろん親からも先輩からも言われますし、あげくの果てには彫刻の先生からも言われます。

その度に、いつも思います。
そんなことは、なかったと。

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彫刻家なんて、なれない。そう思ったら、その時点であきらめる、です。
夢をあきらめるのも、夢を叶えるのも、同じだけ勇気がいる事です。
好きな事であれば、なおさらです。
あきらめる事が肝心な事もあるし、私もたくさんの事をあきらめてきました。
あきらめるのも、夢を叶えるのも、同じだけパワーがいるなら、
だったら、これだけは全てをかけて夢を叶えてしまおう!
そう思えたのは、お兄ちゃんのある言葉でした。

お兄ちゃんは東京でジャズドラマーをしていますが、お兄ちゃんも大学卒業後はコンビニでアルバイトをしながらジャズを続けていました。
数年後、アルバイトをぴったりとやめ、ジャズ一本で生活するようになりました。

私はその頃、大学卒業後、就職か、アルバイトをして制作を続けるかで悩んでいました。お兄ちゃんは言いました。

「一本にしたら、意外と何とかなるで。」

自分と同じ血をひく人からのアドバイスは、私には一番頼りになる言葉でした。

それから私も、ギリギリでしたが普通のアルバイトはやめ、美術に関係する仕事のアルバイトもやめ、制作一本で生活する事を決めました。

しばらくは、何ヶ月かにひとつの仕事を力一杯やったり、デッサン力を鍛えたりする毎日でしたが、1年後、2年後、いつのまにかようやく彫刻の仕事が入るようになりました。

手が血だらけになりながらひたすらワンちゃんを彫った日々も、筋肉痛が治る間もなく次の筋肉痛が現れる日々も、楽しくて充実した毎日でした。

全ては、夢だった彫刻家の仕事だからです。
どんな小さな仕事でも、喜んでやりました。
お兄ちゃんも、こんな日々だったのかな、と思いました。
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今も仕事は毎日楽しくやっています。
おかげで右腕は、右の手だけでっかいカニみたいに右だけ太くなってしまいました。
あのカニを海で見るたび、自分のようでなりません。

ひとつ、思ったのは、
彫刻家という仕事は、特別な仕事ではないという事です。
どんな仕事も同じだけ価値があるし、どんな仕事からも学ぶところはたくさんあります。
自分に与えられた仕事を日々きっちりがんばっていきたいなと夏を前に思いました。
by m_kirin30 | 2009-05-13 23:15 | Trackback | Comments(16)