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進化論。

毎週一回はリンゴちゃんを彫りに尾張旭市に通っています。
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このお家には以前彫らせてもらったカブ君、そして新しく家族になったバルタン、そしてリンゴちゃん、亀のまるちゃん、ヤドカリ君たち、鳥のピーやん、などたくさんの仲間がいます。
人より生き物たちの方が多いこのお家に行くのが、楽しみでなりません。
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彫刻でどこまで進めるのかな、といつも考えています。
動物を好きだから彫っている、と思われがちですが、実際は少し違った感覚です。
生き物たちには、感動し、尊敬している、という感じの方が強いです。

目の前にあるものに感動する、その秘密を知りたい。
美とは何か、喜びとは何か、彫刻とはどういうためにあるのか。
美に法則性はあるのか、ないのか。感動と共感を作れるものとは何か。
その謎を解いて行く研究のように思っています。

ただ、動物が好き、という事なら、きっと続けて来れなかったと思います。

もともと理系だったこともあり、進化論に取り付かれ、動物の姿が理にかなって進化してきたことを知りました。命がけの進化が、美を生むのか、神が宿るのか。

「動物を捕まえるしか、能がない人間。」こう呼ばれていたのは、チャールズ ダーウィン。

「〜しか能がない。」これは、大きなチャンスの言葉なんだと思います。
 神様が、チャンスの言葉を皮肉って伝えている。そんなようなものです。
 私は、「動物を描くしか、能がない人間。」でした。
大学で人物の塑造をやっても最後までへたっぴで、学科も理科以外はまるでだめ、先生もあきれるほど、偏った人間でした。

欠点を克服する事!と考え、人物塑造は熱心に取り組みましたが、それでもまるでだめでした。
でも、間違っていたのかもしれません。
そもそも、私は裸婦に感動していたのか。
感動ができないなら、作れる訳がありません。
ニセモノの感動なんて土は一瞬でみやぶってしまいます。
いいものを作れる訳がありませんでした。

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美術における進化論とは、自分だけの「〜しか能がない」部分を見つけ、それを誰よりも、おそらく世界中でいちばんに、過去の人類史上でも類を見ないほどできるようになる、これが一番なんだと思います。

どんなものでも、世界にも過去にもたったひとつであればそれは生き残る。
進化の仕組みです。
そのための努力は、けっこう楽しいものだったりします。

先日、ともだちがこう聞いてくれました。
「描きたくならないときってないの?」
「絵を描いていた昔はそういうこともあったけど、いまはならんよ〜。これは私の中の研究に近い時間やから、医者が研究書を開くように、弁護士が六法全書を開くように、私は目の前の動物の神秘を探る。だから描きたくならない事はないな〜。」
「へ〜え」
ネコを描いてる間中、ご飯を作ってくれた友だち、こんな私につきあってくれてありがとう。

目の前に無限の難問と答えがある。こんなに楽しい時間はありません。
これからもデッサンと彫刻で、どこまでも進化を続けて行けたらいいなと思っています。

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木のいろのままの方がよかったかもしれませんが、リンゴちゃんは黒い犬。
真っ黒にしました。
これも進化の過程なのかもしれません。
リアルを突き詰めたい。
嘘偽り無くしたい。
それでいて型取りではなく存在を残したい、
動物を彫るしか能がないので、これからもこれで進化して行けたら、自分の居場所が作れるかな、と、庭に何故かいたフンコロガシをみていて、思いました。
彼も、懸命に生きる場所を探したなかのひと種族。
こんなものに私は涙が出るほど毎日感動しています。
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by m_kirin30 | 2010-06-26 10:20 | 日常 | Trackback | Comments(10)

五感?

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最近、ラブラドールのリンゴちゃんを彫らせてもらっているお家の方に、昔使ってて使わなくなったという大きな水彩紙をいただきました。
いろんなものを今までいただいてきたような気がします。
木工機械のほとんど全ては死んでしまったひきもの師のおじいさんから材木屋さんを通して頂いたもの、道具も先輩や先生方からいただいたものも数知れず、そして今回は水彩紙。
身ひとつで始めた一代の彫刻家人生、これらの支えがなければ続けて来れたんでしょうか。

絶対に無駄にはできない、という緊張感もあり、彫りきれないほどの感謝もあり、いつも感激でいっぱいです。

今たくさんの水彩画に久しぶりに取り組んでいます。

私にとっては絵と彫刻は同じものです。
学生の頃、造形大の先生にこう言ってもらったことがあります。
「お前の彫刻は、二次元の絵が飛び出してきたようなものだ。」
その通りかもしれません。

絵は、目で触るように描く。
彫刻は、手で触るように彫る。

そんな感じです。
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不思議なのは、ここからです。
たまに、アトリエで記憶で水彩画を描いたり、彫刻をしていたりすると、あんなにきついクスノキのにおいを感じず、動物たちのにおいがよみがえって来る時があります。
もっと不思議なのは、そのとき飲んでたコーヒーの味までも、動物たちの寝息や鳴き声までも、幻聴のようにリアルに聞こえて来る時があります。
彫る音で、木がどう割れるかを感じたり、叩くリズムも、心地よく体に響きます。

五感。
目で触り、手で触り、鼻で触り、舌で触り、耳で触る。
私は彫ろうと思う動物の前に立って観察している時、確かに五感を使っているのだ!と思います。
全身全霊で触っているので、第六感も使っているのかもしれません。

今彫っているお猿のビージーには毎日その感覚があります。
五感を研ぎ澄まして脳だけでなく、体全体で感じるリアリティ。
そんな感覚を大切にしたいなと思います。

「いかなるときも自然を観察せよ。
 自然に彫刻充満す。」

高村光太郎さんの彫刻10ヶ条の第10ヶ条。
私も人生を彫刻で充満させたいな、と思います。

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日進市の子供会さん企画で、ライブ彫刻&彫刻をさわろう! イベントをさせて頂きました。
子ども達は、木屑をキャッチするのに必死!でしたが、とっても興味を持ってさわって、においをかいで、五感で楽しんでくれました。

大人「彫刻をさわる時の注意はなんでしょう?」
子ども  「なめない!」
     「ふまない!」
     「ちょうこくをけずらない」
     「そとへださない!」
     「たべない!」

などなど、多数の意見が出て、私も彫刻にさわる際の注意をおおきく学びました!

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ライブ彫刻、生まれてはじめての経験でしたが、めちゃめちゃ楽しかったです!
子供会の皆さん、楽しい企画をありがとうございました。

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ミュシカさんからなぞのかわいい写真が届きました!
この不思議な写真の謎はまた次回、楽しみにしていてください。
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by m_kirin30 | 2010-06-20 13:00 | イベント | Trackback | Comments(6)

マイノリティ

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これが芸術だ!と、表現し、人に理解してもらえなくてもいい、と思えたらどれくらい楽なんだろう、と思います。
自分の好きなだけの事をし、仕事にならなくても、表現しているのだからいいなら、美術は簡単です。
いちばん難しいのは、自分が発見したごく個人的なマイノリティな真実の美を、いかに多くの人に深く共感されるものに作っていくか、これこそが死ぬほど難しい事なんだと思います。

目の前の感動を伝えたい。
そんな想いで10年間腕を振り続けてきました。
自分が奥深くから感動したものであるならば、それを表現するだけで感動は伝わるはず。
私がやりたかった事は、感動のコミュニケーションなのかもしれません。
その感動を与えてくれるものが、私には木と動物たち、自然界の学問や哲学だったのかなとおもいます。

自分がおおきくなればなるほど、人に知ってもらえればもらえるほど、今までは怖かった。
自分の作りたい物ができなくなるんじゃないかと、大きくなるのを拒んできたのかもしれません。
ちいさいままで、生活して、ほのぼのと暮らすのはある意味しあわせで楽しい事です。
楽がしたかっただけなのかもしれません。
だけど心の奥底で、もっとたくさんの人に届けたいとか、自分の発見した美を見てほしい、といつもおもっているのが本心です。
おおきくなっても、ちいさくなっても、ただしいことをやれる、そんな彫刻家になりたいです。
地球中の美しいものを受け入れられるくらいのおおきなおおきな器になれるように、今はただ努力を続けて行きたいと思います。

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友だちがとってくれた制作風景の写真。10年前より腕が2倍くらい太くなってしまいました。
かわいい服も切れず、髪の毛は木屑まみれ、毎日つなぎ。休日無しの過酷な肉体労働。
全身が筋肉の固まりになってプールでも沈んでしまいます。(あくまで私だけ)
こう描くと彫刻をめざす子はどんどん減ってしまうかもしれませんが、たしかに彫刻は職業の中ではマイノリティ。一般職にくらべると目指す子はとっても変わり者のように思われます。

みんながやりたがらない事、それは、つらく、きびしく、過酷な仕事だからでしょう。
だけど、ちがう、と私は思います。

誰も知らなかった美を、誰もやらなかった手段で、全世界の人に共感し、感動してもらう。
こんなに人類史上の大発見はなかなかありません。
美術にはそれだけの余地がまだまだある。
平和だって作れるかもしれません。
きびしさなんか、その喜びに比べたら微々たるものです。

そんなふうに最近は、思っています。

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国立のアグレアブル ミュゼさんに、作品を常設して頂ける事になりました。
関東では、二つ目の場所。
ここでは出会いが毎回おこります。
月に一度、絵描きのイベントもさせて頂くことになったので、関東近辺のかたは、ぜひお店に遊びにきてくださいね。
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オーナーさんは、いつも私の飼育員のように世話をし、食べ物を与えてくれます。
だから私もここへいくと動物になれて、いい絵が描けるとおもいます。
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by m_kirin30 | 2010-06-15 12:15 | 日常 | Trackback | Comments(8)

カクゴのススメ

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彫刻の仕事は、毎日決断の連続です。
木を彫っていきものの形にしていくので、余分な部分を一刻一刻、時を刻むように彫り進んで行かなければいけません。
いつも、彫刻のプロセスは、一生に似ているなと感じます。
ほんとうの自分が何かでっかいものの中に隠れていて、余分なものをとっていって見つかってくる。
それか小さいころはほんとうの自分がむき出しだったのに、大人になるにつれておかしなものがくっついて来て、それを削って行くのかもしれません。
恐怖と、迷いと、勇気と、覚悟と、決断と、実行。
こればっかりを一日中繰り返しています。

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彫刻をしていて学んだことは無限にあります。ひとを作品と置き換えてみたりもします。

ひとは何を捨てられるかでその器の大きさを決める。
ひとはどんな武器を持つかでその生き方を決める。
ひとは何を守るかでその魂を決める。

そんなことを考えながら、彫刻していると、たまに満ちている今に感動して泣きそうになります。
そういう瞬間のことを、幸せと呼ぶならば、仕事をして汗をかいてアトリエてひとりぼっちで満たされている自分は、世界一の幸せ者です。

なぜかひとりぼっちなのに、そんなとき、世界中とつながっているような感覚になります。
死んでいったたくさんの犬や猫たちと親友、生きている友達、みんなに伝えたい感動があります。
そんなものをつくるために、この孤独な仕事をしているんだと思います。
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目の前のリアルな感動が、すこしでもそっちに届くといいな。
そんな感じで今日もリンゴちゃん(ラブラドール)を彫ってきました。

こんな毎日が明日も続くといいなと思います。
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夏休みにとっておきの展示会とイベントが決まりました!
詳しくはホームページの展示のコーナーにアップしてありますが、
河合塾美術研究所の千種校で、夏休みに誰でも参加できる木彫り教室をさせていただき、さらに期間中展示会もさせて頂きます。

彫刻に興味のある方、木彫で動物や何かを彫ってみたい方、不思議体験をしたい方はぜひ参加してくださいね。   
さらに動物似顔絵コンクールもまた、同時開催しますのでぜひ絵を描いて送ってくださいね。
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夏っぽく砂漠のトカゲができました。
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by m_kirin30 | 2010-06-10 23:18 | 日常 | Trackback | Comments(12)

アトリエ

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せまいながらも楽しいアトリエは、賃貸ではありますが私にとっては最高の場所です。
ここは大家さんも仕事を応援してくださり、お隣さんも大工さんといぬのサロンなのでなぜか似たような音と犬の鳴き声。私には落ち着く環境です。

今の生活を維持できることができたらどんな努力でもしよう。
そんな気持ちでいっぱいです。
いつも彫刻ができる環境は、美術を始めてから10年来の夢でした。
今でも生活は不安定ですが、生きて、食事ができて、アトリエを借りて、毎日制作をすることができます。これを維持するために、作品はあらゆる努力をして売ってきました。
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作家と呼ばれる人たちは、もっと芸術のことしか考えてなく、作品を売るなんてとんでもない、芸術はもっと崇高なものだ!と私のことを笑うかもしれません。

私には金銭的にささえてもらえる環境もなく、それでも彫刻を死にものぐるいで続けるしかなく、
戻れる場所もなく、裸一貫で日々の生活を作品をつくって手に入れることしか知りませんでした。

最近はでもこの生活に少し感謝もしています。
もし望んだものが何でも手に入るくらい恵まれていたら、私はこんなに努力できなかったかもしれません。
ハングリー精神は、買って手に入るものではないし。
偽物でない苦労の深淵から生まれた作品達は、想いがつまるだけつまり、重力を持ち、引力を持ち、ヒトの心を引っ張るものになるんだと信じています。
そんなことを信じて今は、恥じることなく、生活=彫刻の暮らしを、続けて行きたいと思います。
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木工室は私の今一番わくわくする場所です。
駐車場を改造して作らせて頂きました。
電動工具類は揃えたものもありますが、ほとんどは、死んでしまった職人のおじいさんから引き継いだもの。いただいた日は感動と感謝で涙が出ました。
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9〜17時は、電動工具も使ってもいいので、チェンソーでガリガリ、粗取りをします。
この仕事がほとんどのその作品の運命を決めます。
ここはゆるい気持ちを捨て、きびしい気持ちでむかいます。
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次のモデルは、日進市に住むビージーくん。おばあちゃんが一人でお世話をしています。
おばあさんとの愛情を、しっかり彫り込めたらなと思います。
39才のビージーは、私より9才も地球で生きる先輩。
昭和の時代をたくさん見て来たビージーくんは、今日私の頭をコツン、とつつきました。
しっかりつくれよ!と先輩につつかれたようで、とってもとってもうれしい一日でした。
作るのがとっても楽しみでなりません。

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by m_kirin30 | 2010-06-02 22:06 | 日常 | Trackback | Comments(18)