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美の正体。

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美しいと感じるものについて、なぜそれを美しいと感じるのか。
何故それが人によってちがったり、またみんながきれいだって思うものがあったりするのか。
18才の時からいつもこのことについて考えてはや12年、まだ答えが出ないようで、少しわかり始めてきたような気もします。
私はこの問いを生物学と美術、脳科学や哲学、あらゆる方向から考え続けています。
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美しいものはそれだけで強い。
果物だって、美しいほど動物に食べられていくし、虫は草木そっくりに真似られるほど補食されにくい。自然界は、ほとんどと言っていいほど美で成り立っています。
山の緑や海の青、夕焼けの赤や七色の虹。
鳥の声や蟲の唄、水の音や風にそよぐ木々のざわざわ。
これらは、世界中の全ての人に平等にあり、みんなを魅了する。
無理とは分かっていても、そういうものが作りたい、といつも願っています。

一部の人に好かれる美も世界にはたくさんあります。
そうやって、みんな好みが違う事で、無限の種類の草花、果実、木々、生き物が地球でわんさか増えているのでしょう。
そうか!
「違う」という事も美しさの重要な要素なんだ。
このことにはごく最近気がつきました。
全部が似てきたら、美しさは無くなってしまいます。
目の前の美しいものは、世界でたったひとつだから、はかなく美しい。
二度と帰って来ない瞬間だから、いまが美しい。
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動物に会うといつも、「ねえ、ぼくの美しさに気づいて!」と言われているような気がして、私が彫らねば誰がこの子を彫る、と、いつも使命感のようなものを感じ、アトリエに飛んで帰って彫ったりします。明日死んでも後悔しないように、が毎日続きます。

違いあるものが目の前で対面し、共感しあい、その共感が、喜びに変わる。
そんな喜びの姿が、美の正体なのかなと思っています。
その、一人一人の動物たちの、「違い」をつくることが、私の一生の課題です。
ただの犬ではなくて、今目の前で生きているたった一人のこの子。

「beautiful friend」  たったひとりのともだち

8月、9月の個展には、このタイトルをつけました。
かつて出会っては、失ってきた、私の、動物のともだち。
ひとりひとりが、あふれるくらいに美しかった。
たくさんのひとに見に来てもらえるといいなと思っています。
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7月31日(土)から8月10日(火)まで
am10:00~pm18:00(会期中無休)
アートスペースNAF(千種駅から徒歩2分、河合塾名古屋美術研究所内)
今回名古屋しか展示しないドローイングなども多数展示してあります。
東海地方の方は、夏休みの一息に、ぜひ動物たちに会いにきてくださいね!
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同じメンバーを、9月には東京に連れて行きます。
関東の人は、そちらを楽しみにしててくださいね。
by m_kirin30 | 2010-07-30 21:35 | 展示 | Trackback | Comments(4)

美術と音楽はきょうだい。

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梅雨が明けると真夏、ちいさい頃より少し暑くなって、今はあんまり外で遊ぶ事もなくなりました。
私は夏はいつもそのままの夏の温度で、扇風機で制作する事にしています。
植物も動物も暑い夏に太陽を浴びてよく育つ。
季節はきっと敵じゃないので、私たちにとっても、この暑さが必要なんだと思います。
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アトリエでは音楽を聴いたりします。
兄の影響でか、ジャズを聴く事が多いです。
といっても、兄たちの音楽は、不思議で自由自在でおもしろおかしい音楽。
私の彫刻をつくる手も、自由自在に動かしてくれます。

美術は、その名の通り美を発見する技術。
音楽は、音を楽しむための器
でも美術だって楽しみはいるし、音楽だって技術もいる。
もしかしたらきっと昔昔の古代は、美術も音楽も似たようなもので、感動や感情を表現するひとつのかたちだったのかもしれません。それは兄弟みたいに切っても切れない縁で生まれたふたつの芸術。

総合芸術。と描くと固い言葉のようになるけど、
美術も音楽も舞踏もそのほかの芸術も、日常を生きる豊かなスパイス。
それは、どんな環境にいる人にもどんな国に住む人にも降り注ぐ、太陽の光のようなものであればいいなと思います。

古代から、何か願う時や祈るときに、神様のようなものが欲しかった。
近くに愛する動物や生き物を感じていたかった。
そんなときに美術が生まれてきたんだと思います。
喜びや哀しみ、何かを祝ったりみんなで楽しんだり共感したり、そんなときに音楽が生まれてきた。
泣きながら唄を唄ったりタイコを叩いたりしてきた。
だとしたら、鳥が鳴くのも、踊るのも、ネズミが木を彫るのも、アリのビルも、すべてが芸術。
たぶん、言葉を話すようなナチュラルな感覚で、古代から芸術がコミニケーションに使われていたんだと思います。

今の日常と芸術をつなげて行くなにかが作れたら、それが私の作りたいものなんだとおもいます。
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ライブ感、を大切にしたいと思います。
目の前で生き物を見ながら絵を描く事、彫刻をする事、そういう時間をたくさん作りたいと思います。外で絵を描いたり作ったりするのは何だか恥ずかしい、ですが、何も悪い事はしていないので、いいんだと自分に言い聞かせます。
観客は、動物たち。
特にヤギさんは私の絵をなんども気に入らないのか食べていきます。
描くか、食べられるか、真剣勝負。
この時間が好きです。
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毎日の中に、もっと絵や音楽や彫刻が満ちあふれていくといいなとおもいます。
それを伝えるためには自分がその生活に浸る事だと思ったので、この夏はたくさんの彫刻を作ってたくさんの絵を描いて、たくさんの音楽を聴こう、と、思います。

この前、お兄ちゃんに会った時、お互いこんな日々暮らす事が大変な仕事で、不安にならないか、と聞きました。するとお兄ちゃんはこう答えました。
「この生活は、低空飛行だけど安定している。だから大丈夫だ。腕さえあれば、需要がある。
 仕事が少ないときには、自分を磨いておく事だ。」
かろうじて、芸術の世界で、生きている。
ぎりぎりでも、平行に飛んでいる。今を維持する事を、真剣に努力すれば、死ぬまで飛び続けられるのかな。
また、続ける勇気をもらいました。
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せっかく音楽の友だちも、美術の友達もたくさんいるんだから、一緒に何かしたい、そう思っていたこのごろ、ジャズの友だちたちからも、一緒に何かやろうよ!の声があがってきました。
古民家を貸し切って彫刻や絵を並べながら、美術の中でのジャズライブや、屋外でのライブ彫刻と音楽のイベントなど、やりたい事が盛りだくさん、はしもと兄妹の使命としても、なにか美術と音楽と日常をつなげて行けるイベントができるといいなと思っています。
by m_kirin30 | 2010-07-25 12:42 | 日常 | Trackback | Comments(2)

そざいはともだち。

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短い夏休みも終わり、日常に戻りました。
夏には暑いアトリエで汗をかきながら制作するのが好きです。
少しつらい環境の方が、体ががんばろうとするような気がします。
先日は母校の東京造形大学に行ってきました。
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ここが私のかつての宝島でした。
彫刻棟自販機横の木っ端置き場。
この無数のみんなの切れ端の中に、当時の私はものすごい数の動物たちが見え、この木っ端をもらっては動物たちを彫ったのでした。
私の回りは小さな動物だらけ、狂ったように一日一匹彫り続けました。
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古い写真。7年前のものです。
当時の私はトゲトゲで、泣いたり笑ったりけんかしたり仲直りしたり、たくさんの汗と涙をこの造形大のアトリエで流しました。
助け合わないとできない彫刻の世界は、友だち付き合いも逃げられるものではありませんでした。
そのなかで、友だちと深く語り合ったり、ぶつかったり、仲直りしたりした経験は、トゲトゲだった私のトゲを丸くして、社会人としてしっかり生きて行く人間性を確実に鍛えてくれました。

素材とも、真剣にぶつかりました。
どんなにつらくても、逃げられませんでした。手が豆だらけ、腕が筋肉痛でちぎれそうでも、重い木槌をふるいました。今やポパイのように太くなった腕は私の勲章です。
それくらい、造形大の課題は素材との戦いでした。

友だち付き合いと、素材との付き合いは似ています。
軽くつきあうならば、何にもつらい事なんかありませんでした。
自分をぶつけるだけなら、簡単でした。
だけど向こうから、跳ね返ってきます。
思った風に進みません。
なんとかしようとあの手この手で努力します。
一番苦しい時を共にし、一番楽しい時を共感し、次第に仲良くなって行きます。

「粘土と仲良くなれればそれでいいんだよ。全部がうまく行くよ。」
当時人体塑造が上手くできなかった私に、大橋先生が言ってくれました。
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人も素材も、仲良くなる事が難しい。
それは、お互い、他者であるから。
深くつきあえばつきあうほど、けんかも激しくなって行きます。
その違いを受け止め、楽しみ、より良い方に進むことができたなら。
その方法を泣きながら探しました。

あらゆるものも人も自分とすこしづつ違う。
リズム、スピード、温度、形、色、性格、心。
だけどそんな違いあるものが時に、共感しあい重なって、
見た事もない美しいハーモニーを作り上げる瞬間があります。
それが美の答えだったんだ!
大学4年生の最後に、その大切な事に気づきました。
造形大の先生達が、教えてくれようとした全てがそのとき分かりました。
近道ばかり探していた私に、ケモノ道を一歩一歩しかないんだと教えてくれました。

そんなかつての母校が、今の私には宝物です。
作家として少しでもがんばる事しか、恩返しはできませんが、教えてもらった大切な原点を、ひとつひとつ目に浮かべながら、10年も20年もコツコツ彫刻を続けて行きたいと思います。
一生かかっても、彫刻と仲良くなれるように。
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「絵画か彫刻か迷ってるんですが、彫刻の魅力って何ですか?」

「空を作ることはできない。
 景色や星を作る事もできない。
 絵画にできる事が彫刻にはできない。
 だけど彫刻は目に前にそれが存在し、対面することができる。
 その対面した時の喜びが彫刻にはある。」

彫刻家の舟越桂先生が、おとつい受験生たちに話していました。
うん、うん、そうだ!と私たちOBは嬉しくてたまらない気持ちになりました。

彫刻が人類が生き残っている間、どうか愛され受け継がれていきますように。
by m_kirin30 | 2010-07-18 22:38 | すてきなところ | Trackback | Comments(2)

せんぱい。

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彫刻の後輩のともだち3人と一緒に、以前から仲良しの農家民宿 「源」さんに来ました。
彫刻を撮影させて頂いたり、海で遊んだり、久しぶりの休みを満喫させてもらいました。
いつものひとり旅は、仕事の事を片時も忘れることができなかったりするんですが、今回は2年ぶりの、なつやすみ、を満喫させてもらっています。
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私に財産があるとしたら、それはたくさんの仲間達やともだち。
いくらお金をはたいても買えない、深い仲間やともだちがいてくれます。
そういう、人の縁には心底恵まれてきたと思います。
だけど特別何か運が良かったからではなく、それは、芸術のちから、なのかも知れません。

美術を始めるようになってから、それこそ一生の友だちや、深く人生を語り合える仲間や、会えるだけで涙が出るほどうれしいせんぱいや、自分の事のように共感できる後輩、尊敬してやまない先生。
人生を変える出会いの連続でした。

美術の世界のせんぱいは、個性的で、変わり者が多く、人と関わりにくい、と思われがちですが、ほんとうのせんぱいは、まるでそうではありません。
どんなすごい大作家のせんぱいも、そういう人ほど、心の底から純粋で、まっすぐで、ひとにやさしく、人としての魅力にあふれている人たちばかりです。
私はどれほどその先生方やせんぱいに勇気をもらい助けられてきた事でしょう。

すごい作家のせんぱいが、自分のいる大学に一人でもいてくれると、それがどれほどの勇気をくれるか。その人が作家としてがんばっている事が、自分にとっても誇りになったりします。
実際にアトリエにすごいせんぱいが入ってきてくれたりすると、その遺伝子の一部が、自分にも取り込まれて行くような気分になり、体中に感動と勇気がみなぎってきたりします。

そんなひとになりたい、といつも思います。
エネルギーの固まりのような、プラスのものをたくさんのひとに与えられる人。
そういう人が作る作品は、その人そのもの。
人がすごければ、当たり前のようにその作品は心をとらえて離さないものです。

ダビンチだって私にとっては美術のせんぱい。
ダビンチがここまでデッサンを進められたんだから、同じ人間なんだから、自分にもどこまでか進めるかもしれない、そんな勇気を彼は1000年経ってもふりまいています。
それが、私たちにダビンチが残してくれた、本当の財産。
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この時代にこんなすごいものができたんだから、自分たちはこれを糧にもっとすごいところへ進めるはず。
ひとはそうやって凄まじい進化をくりかえしてきたんだと思います。

今の自分は一族の最高傑作。
進化の突端にいる今生きている私たちは、そうであるはずです。
その貴重な自分の細胞に、さらなるいい記憶を残して行けるように。

そしてすこしでも、時代のかけらでも次の後輩たちに、更なるところに進むための勇気を残して行きたい、先人たちから学んだ全ての事を、自分の見つけた新しい事を、後輩に伝えていきたい。
それは、どんなに多くの財産や仕事を残すより、もしかしたら大切な事なのかも知れません。

3流の指導者は金銭を残す。
2流の指導者は事業を残す。
1流の指導者は人を残す。

これは松下幸之助さんの言葉ですが、美術の作品もこういうものがすごいんだと思います。
さいごは、どれくらい、多くの人のこころにいいものを残せたか。
その原点をいつも忘れずにいたいと思いました。
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たいせつな大すきな後輩たちに、先輩としてできる事はたったひとつ。
とにかくがんばって彫刻の現場で、勇気を与えてあげたい。
私みたいなのでもできるんだから大丈夫と、言えるように自分ががんばりたい。

そんな事を思った早めの短い夏休みでした。
by m_kirin30 | 2010-07-11 00:09 | すてきなところ | Trackback | Comments(8)

ひとにやさしく

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アトリエにリンゴちゃんとドンちゃん。
展示の前はアトリエがどんどんにぎやかになってきます。
わずか7畳半の一室のアトリエは、今動物たちで埋め尽くされ私の居場所もないほどです。

ここにいるのは、いわゆる見た目のかわいい子ばかりではありません。
私に噛み付いたネズミ、一目散に逃げたモグラ、おかしなトカゲや変な顔したカメレオン。
年寄り猿のビージーや、踏みそうになったカエル、ふつうのノラ猫、7色のウミウシ、などなど。
写真にはなかなか納まらない子達も混ざっていて、展示とかに出しても、「いや〜ん」という方もいるくらいの生き物たちも彫刻になっています。

もちろん私も本能で、気持ちわるい、とか怖い、とかありますが、それらも尊い、といつ頃からか思うようになりました。

進化してがんばって気持ちわるいと思われる姿を身にまとって懸命に生きている動物たち。
嫌われ者に自らなって、自分や仲間を守ってきた種族。
そんな生きる事にあこがれを持つものたちは、何も悪くない。
そんな風に思えたのは、高校3年生の時の、卒業式のクラスメイトのスピーチでした。

3年A組赤井君。
私たちA組は理数系、3年間同じクラスで、誰がリーダーともなくみんながゆるく仲良しでした。
出席番号が一番だったという理由で卒業生代表になってしまったふつうの赤井君、彼はそのプレッシャーからとんでもなく素直な言葉をつむぎだして、私たち全員を送り出してくれました。

今でも心に刻み込んである言葉です。

「ぼくは、人にやさしく、自分にきびしく、という言葉が嫌いです。
 ひとにやさしく、自分にもやさしくしたいです。
 自分をもっと大切にしてあげたいです。
 こんなぼくだってなにかと必死に生きています。
 そういったぼくのようなふつうのひとが社会にはほとんどいて、そのほとんどのふつうの人たちが支え合いつくっているのがこの世界です。
 えらいひとはすごいですが、えらいひとを支えているのはぼくたちふつうのひとたちです。
 ぼくはえらいひとにはなれませんが、そのようなふつうのあたたかいひとにはなりたいとおもいます。」

偉くなれ、賢くなれ、いい大学へ行け、ひとにやさしく、自分にきびしく。そういう校長先生や教師たちの前でこの言葉を強く言えた彼はこの日英雄になってA組は全員大泣きをしました。
ふつうだった彼が、体の奥からしぼりだした本音の言葉たちは、尊く、あたたかく、どんな名言よりも私たちの等身大の胸に響きました。

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いまでも変な形をした虫や、おかしな気味の悪い生き物、怖い顔の動物を見るたび、この言葉を思い出します。
「こんなぼくだって、何かと必死に生きている。」
そう、言われているようで、彫刻せずにはいられなくなります。

いい顔のものや、きれいなものが美しいんじゃない。
ひとにぎりの美を支えているのはほとんどの醜なのです。
光あるものが立つ限り、影は必ず存在する。
地上100メートルの巨樹を支えているのは、名もないたった3センチの菌類だったりします。
その、支える役だって、すばらしい役目じゃないかって思います。
そんな、人知れぬアンサングヒーロー。
姿より心の美しいもの達。
まだまだ彫りきれないものがこの世界にはたくさんあります。
伝えたい感動がごろごろ転がっている世界です。
だからまだまだ死ねません。
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ふっと、昔の事を思い出した今日でした。

名古屋では8月あたま、東京では9月末、立て続けに皆さんの前に彫刻を展示する機会がいただけました。
もし、変な生き物が混ざっていても、どうか温かい目で、見てあげてくださいね。
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名古屋のミュシカさんに、おかしな彫刻を少しコラボして置いて頂いています。
ミュシカさんとは今後もワークショップなどでたくさんコラボして行くことになると思いますので、またご報告しますね。

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by m_kirin30 | 2010-07-04 08:39 | 日常 | Trackback | Comments(4)