<   2011年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

バトン

f0076833_2082138.jpg

私の母校、東京造形大学は、とにかくデッサンを大切にする学校でした。
一次試験もデッサン、二次試験もデッサン。
大学に入っても、とにかくデッサン。
それというのも、造形大学の彫刻科は、ものの本質をみつめる、ちゃんとした目を鍛える、という先生方の熱い思いがあったからです。

いいデッサンとは、上手いデッサンではなく、人の心を動かすデッサン。
そんな事を信じて、来る日も来る日も大学の朝、授業の始まる3時間前、こっそりスケッチブックを持って、彫刻棟の猫たち、木々、人たちをデッサンしました。

大学2年の時に、彫刻家の佐藤忠良先生が、私たちの授業をしに大学に来てくださいました。
佐藤先生は、造形大学の名誉教授で、デッサン、塑造を何よりも大切にされる、具象の昭和、平成の彫刻家です。

佐藤忠良先生、舟越保武先生、柳原義達先生。
私たちの中では、あこがれの時代を切り開いた大彫刻家でした。
f0076833_2083068.jpg

佐藤先生は、人物塑造をとても大切にされていました。
上手な塑造をするみんなの中で、塑造が苦手で下手な私に、佐藤先生は、こう言ってくれました。
「塑造の力は、粘土と仲良くなる事だ。毎日土に触って、よく目でも触りなさい。」

ひとことがあまりに重く、あたたかく、貴重で、
私は次のモデルさんの休憩時間にトイレに駆け込んで何だか分からないけど涙が止まらなくてわんわん泣きました。
f0076833_2082666.jpg


「一日土をいじらざるは、一日の退歩」の言葉を胸に、
真面目で、真剣で、情熱にあふれた彫刻制作をされていた佐藤先生。
自分の事を、芸術家でなく、職人だ、ともおっしゃられていました。

そんな先生の、大すきな言葉とエピソードがあります。90才くらいの時に、テレビ「老友へ」という番組で取り上げられた時のことば。

「初心に戻れと言うが、私は到底初心になんて戻れない。
 なんとかいくらか純度の残っていた頃の作品までに引き返せないものかと思っても、
 本当のところ引き返すことができず、まだ彫刻をやめることができないでいる。
 暮らす事さえ難しい彫刻の仕事を、70年も続けてきた。

 私はキリストもお釈迦様も信じないが、自分の失敗だけは信じている。
 失敗こそが自分を導いてくれる。

 若い人には汗をかけ、恥をかけ、手紙を書け、といつも言っている。
 失敗したら、やりなおせばいい。
 やり直して失敗したら、またやりなおせばいい、
 わたしはそうしている。」
 
この言葉が、大学の柱の壁に貼ってあって、私は毎日読んで、暗記してしまいました。
大すきな、たいせつな、言葉で、この言葉に出会えて、ほんとに良かったと思います。

私はそれから、どんなに大きな失敗をしてもやり直す事にしています。
できるまで何度も何度も、100回でも1000回でも、あきらめない。
失敗こそが、自分を導いてくれる
この言葉があるから、がんばれた事がどれほどあるでしょう。

そんな言葉をたくさん残してくれた佐藤忠良先生は、実に70年以上も日本の彫刻界をひっぱってくださり、今朝、この世界を後にされました。

宮城県出身の佐藤先生、日本を長く見届け、「がんばれ」という声が今にも聞こえてくるような気がしてなりません。

彫刻というひとつの小さな世界の、
大切な恩師の先生方が、今の私達にどれほどの勇気をくださったことか。
彫刻の先人たちが太古からつないでくれたバトンを、私たちが受け取って、次の世代へ正しくつながないといけないなと思います。
佐藤先生は、ほんとにたくさんの生徒たちに彫刻家のバトンを、渡してくれたんだと思います。
ひとりひとりに、「がんばれよ」の心を込めて、
教えてくださったたすべての事、残してくださった言葉を胸に、造形大の誇りを持って、彫刻を続けて行きたいとおもっています。
f0076833_208337.jpg

[PR]
by m_kirin30 | 2011-03-30 21:04 | 日常 | Trackback | Comments(4)

スーパーフルムーン

f0076833_22525492.jpg

昨年10月に行ってきたUAE、たくさんのスケッチとともに帰ってきて、ようやく、本格的にアラブの動物たちをつくりはじめています。
たくさんのスケッチも大切ですが、写真より、スケッチより、記憶。
脳というちいさなハードディスクには無限大の情報がつめこめる。
情報だけではなく、希望も、欲も、なんとでもつめこめる四次元ポケットを、みんなひとつづつもっていると思うと、すごいです。

超高性能ロボット、にんげん。
無限のハードディスク、
からだの自動再生機能、
心臓の超持続バッテリー
こころの感情機能
何兆円の開発費を使っても決して作れない、いのちのロボ。
そんなすごい命をもらったなら、最大限にこの力を使わないと!
と、むかしドラえもんを読んでいて思ったことがあります。
f0076833_2138517.jpg


自分の実体験の記憶ほど、強く鋭いものはありません。
その刃物のような鮮やかな記憶は、木を美しく切り、彫り、削り、
リアルな彫刻をいとも簡単に彫りだしてくれます。

たいせつなのは、たしかな記憶。
こころの感動、うつくしいものを気づいた喜びや、しあわせ。
寒かったり、痛かったり、苦しい中での発見。

そんな感情の動きが、記憶をより強くクリアなものにしてくれて、
彫刻をする時に、いちばん大切な要因となるのです。
なので私は記憶を絶対的に信じています。
f0076833_21385720.jpg

彫り上げるのは、記憶が確かなら、そう困難なものではありません。
美を発掘する記憶作りのほうがいちばん難しいので、
すーっと、あとは自然と、木の中にある形が現れてきます。
f0076833_21395100.jpg

どんどん、どんどん。
自分でもよくわからない集中力があらわれて、
どんどん動物たちが現れてきます。
f0076833_22543028.jpg



気がついて、
ふっと一息、
アトリエを見渡すと、
あたり一面の動物たち!

こんにちは。
はじめまして。
この、くりかえしです。
f0076833_21391093.jpg

こわれても、こわれても、つくってきた。
人間は、つよくかしこく、地球と共存してきた。
困難なときほど、つくりたい、という思いがあふれてとまりません。
今にしかできないものが、きっとある。

たのしい記憶も、苦しくて辛い記憶も、
どちらも大事なエネルギー源。
どんな感情でも、いいものを作る方向へ向けていくこと。
いまは、つくりてにとって、それが試されているような気がしてなりません。
f0076833_2392880.jpg



3月19日から20日、
月が地球に大接近。
スーパーフルムーンというそうです。
スーパーなパワーをもらって、がんばろうとおもいます!
[PR]
by m_kirin30 | 2011-03-18 22:42 | 日常 | Trackback | Comments(4)

earthquakes

3月11日に、大きな地震が日本を襲いました。

東北、関東の方々、一日にしてすべてを失ってしまう地震で、つらいおもいをされていることとおもいます。少しでも、私にできる事は、と思い、この日記に書く事にしました。

先日書いていた日記、母親から事実でない事は書かないほうがいいと言われ、私の記憶があいまいなせいで、何が真実か分からないまま書いてしまって、もし事実ではないことがあったとしたら、深くお詫びいたします。

私の住んでいた実家は、尼崎市というところ、阪神大震災の、最も被害の大きかった地域のひとつです。奇跡的にも、家族全員は無事でした。
だんだん明るくなっていく夜明け、いつもの夜明けとはまるで違う、街の景色はまるで戦後、死のにおいがする景色に、声を失いました。
私は悪くて辛い記憶しか残っていませんでしたが、
母からの知らせで知ったのですが、近所の人は助け合い、結束して復興へ支えあっていたそうです。

勉強に勉強を重ねて18年間生きてきたお兄ちゃんが、入試を明日に控えていたのに、家族のために水をくんできてくれました。なんどもなんども。
困難な時にこそ、正しい行動をとる、そんな事をお兄ちゃんから学びました。

近所の方々の訃報を聞き、学校でも聞き、最も辛かったのが、動物たちの訃報。
飼えない、という理由からや、避難所に連れて行けない、という理由、
どのような理由も幼い私には理解できず、
当時の私は深く傷つき、獣医になりたいという夢も、それまでやってきた勉強も、すべて途端に失ってしまいました。

それでも10年、あくせく生きてきて、うちは両親ががんばってくれたおかげで、兄も私も、大学を出て、好きな仕事を今は続けています。
死を目前に体験したからこそ、自分の人生を生きる事、自分にしかできない仕事をする事に誰よりもハングリーになれたのだと思っています。
だから、生きているなら、何があっても大丈夫です。
亡くなった方の分も、生きている者は、正しく生きなくてはいけない。

何もできないと思う遠方の方も、そんな事は決してありません。
お金や物資が送れない人も、応援メッセージ、手紙、寄せ書き、どんな小さな祈りでも、被災者にとっては生きる力になります。
カップ麺より、おにぎりと手紙を。
精神的な救いほど、体を健康にしていく強いエネルギーになります。
どうか、なにもできなくても、祈りましょう。
生きている方がひとりでも多く救われる事、
生きていた方達がまた、前のように暮らせる日が来る事を。


動物たちすべて、足で立つしかない生き物たちには地震は襲いかかります。
地球にとっては、身震いくらいの小さな現象でも、生き物たちにとっては生死をかけた災害です。
人も、ペットや家畜、動物たちも、助け合い、命をひとつでも多く救いたい、
避難所の外の運動場などで、ペットをつないでおける設備などを作る事などして、動物たちも救いたいと思います。
ペットフードの救援物資もどうか届いていますように。
自分にできる事を考え、行動をして行きたいと思っています。
f0076833_1058292.jpg

[PR]
by m_kirin30 | 2011-03-12 12:00 | Trackback | Comments(14)

終わらない

f0076833_10333433.jpg

アラブの動物たちの彫刻にとりかかるために、スケッチや道具、アトリエのものの整理をしました。
思いでいっぱいのアトリエには、あふれるくらいたくさんの、ものがあります。

どんなに大切に使っていても、物は老いていきます。
繰り返し読んだ画集、いつでも連れて歩いたスケッチブック、
大すきな眼鏡、お気に入りの服や靴やバック。
いつも使っているからこそ、古びたりくたくたになったり。

だけど、それらはいつも、美しいくたびれ方をしています。
思い、思われて、もの達は愛され、ただの、「もの」じゃなくなる。

私は11年前に買った筆が今でもどんな筆より心地よく、毛が半分以下になってしまっている今でも大切に使っています。
アトリエも、そう。
風邪や怪我などで数日使わないと、なんだかホコリかぶって荒れてきます。
だけど、毎日、使えば使うほど、きれいになってゆく。
よごれる、きづがつく、えのぐをこぼす、そうじする。
そうやって、この部屋を使った証が、美しさを引き立て、
使われて行く事で、部屋も思い出と物語で、美しく彩られていきます。
f0076833_10373615.jpg


うつくしさとは、つくられていくもの。
現在進行形なんだともいます。
ものができた時が完成じゃなくて、そこから、どう、うつくしくなって行くか、
そう、生まれた時の赤ちゃんと同じように。
彫刻も絵画も、生まれた時が完成ではなく、生まれる前も、完成したあとも、
見たり触れたりしていくひとたちが、あたらしいうつくしさを、育てて行く。
うつくしさが、おわることは、決してないのです。
f0076833_10372729.jpg


生き物には寿命があるけど、その命が終わる寸前まで、うつくしさは進化している。
子孫にうつくしさを伝え、また永遠につづいていく。

だけど、人も、ものも、誰かに必要とされなくなったとき、急激に老いる。
必要とされているうちは、そのすがたは美しく保とうとし、保たれる。

美は、愛されたい学問の、それぞれの答えなんだなと思います。
f0076833_10371837.jpg

ひとつとして同じ形のない、木屑でさえこんなにうつくしい。
美術をはじめてから、感動する事が多くなりました。 
デッサンすると、感動の触覚が、鍛えられていくのかもしれません。

さあ、きょうも、うつくしさの続きを、つくろう。
そう、毎日、思っています。
f0076833_1037820.jpg

[PR]
by m_kirin30 | 2011-03-09 11:19 | 日常 | Trackback | Comments(4)