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あずける

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じぶんひとりで戦ってきた、積みあげてきた、とおもいたくても、ひとの力なくしてはだれも何もできず、芸術の世界なんてさらには、社会が健康である事や、見る人、聞く人、ふれる人がいてくれること
なしには、つくってもチリにおなじです。


つくるのは得意で好きですが、あとのことはほとんど苦手でできません。

それでも「飾る」ことが得意な人に出会ったり、
「伝える」ことが得意な人に出会ったり、
「届ける」ことが得意な人に出会ったり、
それらのたくさんの仕事をつうじた仲間の力をかりて、
いままでなんとか仕事を続けてこられました。

困難なときほど、その目の前の困難とだけひとりで戦ってすべてを見失わないように、
頼れるものは頼り、できないことは相談したりお願いしたり、
世界に感覚をあずけるような気持ちで、仕事をつづけています。
あずける、という感覚は、この世界を信用する、ということと近いんだと感じます。
いいことも、わるいことも、自分にとっては必要な要素だと全力で信じることができたら、
困難は、もう困難ではなくむしろ必要なスパイスになってきたりします。

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ふときがついたのは、

その時々のトラブルも、思い通りに行かないことも、すべてを信用してアドリブでいいものに変えていく技術がもてたら、それは無敵だ、ということ。
強いという無敵じゃなく、すべての素材が味方という意味での敵なし。
そうでありたい、とおもいます。
そもそもが、素材も条件も環境も、はじめから敵対しようとはしていないのだなということ。
あらゆる環境も逆境もただの舞台で、すべてが面白くするための演出なのかもしれなくて、
美を引き立たせるためのノイズなのかもしれない、ということ。

うつくしい、は、うつくしいを汚す要素があることで、はじめてうつくしさを感じることができます。
わたしはむしろ、その汚れやノイズのほうを、信用しています。
敵対してくるとみえる人や環境のほうを、むしろそれが世界のリアルであると感じることができたら、
世界はまだまだ広く、
まだ見ぬ困難や苦しみももっとリアルを知るための要素だと、感じることができます。
リアルの極限には、みたことのない美が待っている、
それをたのしみに今は、制作をつづけています。

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このかわいい写真たちは、「飾る」ことの得意な、ミュシカさんが作って撮ってくれました。
自分の彫刻を生かしてくれるのは、いつも見る側のひとたちです。
私は、世界に愛されるものをつくることだけに集中し、つくりつづけていこう、と思っています。

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by m_kirin30 | 2012-09-05 09:50 | 日常 | Trackback | Comments(10)