<   2014年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧

彫刻のちから

f0076833_14103688.jpg
彫刻には無限の可能性があります。
美術の持つ力もまた無限です。
長く美術の学問に携われば携わるほど、感じるひとつの思いがあります。
それは、うつくしいものと、きれいなものは、少し違うものだということ。
きれいなものは、うつくしいものには含まれますが、うつくしいものは、もっともっと大きな意味を持つものだと感じます。

きれいなものは、もちろんうつくしいですが、きれいでないものも、うつくしいことがあります。
うつくしいということは、目で見えるものだけではなく、その場の空気のうつくしさや、その時の心のうつくしさ、
時に悲しいものも、うつくしいことがあります。
苦しい物語も、哀しい結末でも、うつくしい物語があるように。
単純なきれいさ、だけでは伝えきれないおおいなるものを含むのが、うつくしさ、というものです。

うつくしいものは、あらゆるものの味方です。
うつくしいものは、それぞれの強さを持っていて、生き物たちを支えているような気がします。
空のうつくしさ、木々や生き物のうつくしさ、都会の風景の、働く人たちのうつくしさ、
私は毎日、いろんなうつくしいものに支えられて、心を整えて暮らしているような気がします。

「芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ、弱者の友なんだ。
 芸術家にとって、これが出発で、また最高の目的なんだ。
 こんな単純なこと、僕は忘れていた、僕だけじゃない。みんなが、忘れているんだ。
 僕は、ポチを東京へ連れて行こうと思うよ。」
 太宰治 畜犬談より

病気で醜い姿になり、弱り果てたポチという犬を、置いていこうかと考えていた作者が、思い直すシーンで語った言葉です。

私たち芸術を仕事にする人間が、弱い者を救えないでどうするのか、と日々思います。
お金で、医療で、物質で、救えないものがあったとして、最後まで味方であり友なのが、芸術の役目なような気がします。
強い者たちに、お金や権力がくっついている事がおおいこの世界でも、死後にはなにひとつ持っていく事はできません。
さいご、なにももたないたった一人の人間という生き物になって、この地球に立った時、
あらゆる物質でなくこころの味方であるのが、自分のつくった美術であるように、
味方であり友である、そんな彫刻が作れるように、
色々な思いを込めて今日も木を彫っていこうと思います。

f0076833_14103350.jpg
撮影 森田直樹

現在、開催中の大阪 けんちくの種さんにて展示中の はしもとみお展 「いきものたちの隠れ家」のこりあと一週間です。
関西地方でゆっくりと彫刻を見られる機会に、お近くの方はぜひ彫刻を触りにいらしてくださいね。


今年もなつやすみの企画、河合塾名古屋さんにて、木彫り教室を行います。
8月2日 10日 子供木彫り教室 こちらは親子でご参加いただけます。
8月3日 大人木彫り教室  一日かけて、好きな動物を作っていただける年に一回のスペシャル企画です!
8月11日 動物のお絵描き教室 大人も子供も、ご参加いただけます、実際に動物たちが河合塾に遊びに来ます。

ご予約は、お電話フリーダイヤル0120-591-109または河合塾美術研究所窓口まで。
各回定員20名(定員に達し次第締め切りとさせていただきます)


この夏、ぜひ美術に触れてもの作りのすばらしさを体験していただければとおもっています!










[PR]
by m_kirin30 | 2014-07-22 14:58 | 日常 | Trackback | Comments(6)