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きえない。

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お盆には死者が帰ってくると言います。
私のもとへは、親友や、数えきれないくらいの虫たち、犬のともだち、ネコ、さる、たくさんの動物たちでにぎやかになりそうです。
死んだらどこへ行って何になるんだろう、といつも思います。

捨てたって誰かが拾う。
燃やしたって灰が残る。
隠したって誰かが見つける。
忘れたって記憶が残る。

何かを、完全に消す事なんて宇宙にはできない、ブラックホールの中にだって、おびただしい星の命の結晶が詰まっているのです。
物質は、決して消えない。

一枚の白い紙の前に向かうと、いつも、その白の奥に脱色された記憶の事を考えます。
この白い紙になる前は、きっとおおきな樹だったり、物質だったりしたんだろう。
筆も、私の使っているのはコリンスキー。いたちのような生き物です。
きっと、精一杯の命を生きて、狩られて、筆になったんだろう。
楽器も動物たちです。豚やヤギの腸や、ウマのしっぽ、みんな、何を食べて、何を感じて、何におこって、どうやって死んで行ったのか、その事を考えずにはいられません。

白い紙を前にして、絵を描く前、何か神聖な気持ちになるのは、そのためかもしれません。
楽器があんなに美しい音を出すのも、理由があるのかもしれません。
いつも絵を描く前、私はひと呼吸、祈りを捧げます。
紙になる前の、何かだった頃の、その命に、敬意を込めて。
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寺山修司さんの詩で、私の親友が好きだった詩があります。
「思い出さないで」 というタイトルのたった3行の詩です。

「私を思い出さないで。
 思い出されるためには、
 一度、忘れられなければならないのが、いやなんです。」

親友は、約2年前に亡くなりました。
私は地元を離れ、愛知で暮らしていたので、一年に2〜3回しか会う事がなかったのですが、浪人時代からいつも一緒にいて、私のすべてを知っていてそれでもいつも応援してくれる、たった一人の存在でした。美術の話、人生の話、夢の話、そのどれもを鮮明に覚えています。

29才という若さでこの世を去った親友、けれど、生きた長さなんて、人と比べれば短いだけで、彼女は彼女なりの一生を過ごしたんだとも思います。
かけた時間でなく、内容なんだと思います。
彼女が去って、私は一人が寂しい事を初めて知りました。
会わないのと、会えないのは、違う。けれど、
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「出会うという事はきっと、楽しさもかなしさも、同じだけおこるってことを、かくごしておかなきゃいけない、それでもぼくは、であえてよかったと、おもうよ。」

これは、「神様のないた日」という絵本の中のネコが語ることばなんですが、わたしはいつでも、こう思っています。死ぬまで味方だよ、ではなく、死んでも味方だよ、と思っています。

どんなにかなしい結末でも、思い出は消すことができない、けれど、共に過ごした楽しかった時間だけで、もう充分に幸せをもらっているんだから、それはそれはすばらしい事なんだと思います。
その消えない楽しかった思い出を、彫刻にしていきたいな、絵にしていきたいな、とおもいます。
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ツバメがなにより好きだった親友。
正確には、山崎まさよしさんの、「ツバメ」という唄が好きで、ツバメが好きだと言ってました。
親友へ、私の先輩の、彫刻家 大森暁生さんの作品を、プレゼントしました。
といっても、うちのアトリエに飾ってあります。
いつでも飛んでいるこの作品を見ると、親友に励まされているようで、私はがんばることができます。どこか外でも、ツバメを見ると、心が躍ります。
どうか、幸せに、飛び回っていますように。

消えなかった、消せなかった思い出を、形でのこしていく、美術。
ひとまわりもふたまわりも成長して、この夏は、きえないものを、たくさん残して行きたいなと思いました。




by m_kirin30 | 2010-08-14 09:22
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