短い夏休みも終わり、日常に戻りました。 夏には暑いアトリエで汗をかきながら制作するのが好きです。 少しつらい環境の方が、体ががんばろうとするような気がします。 先日は母校の東京造形大学に行ってきました。 ここが私のかつての宝島でした。 彫刻棟自販機横の木っ端置き場。 この無数のみんなの切れ端の中に、当時の私はものすごい数の動物たちが見え、この木っ端をもらっては動物たちを彫ったのでした。 私の回りは小さな動物だらけ、狂ったように一日一匹彫り続けました。 古い写真。7年前のものです。 当時の私はトゲトゲで、泣いたり笑ったりけんかしたり仲直りしたり、たくさんの汗と涙をこの造形大のアトリエで流しました。 助け合わないとできない彫刻の世界は、友だち付き合いも逃げられるものではありませんでした。 そのなかで、友だちと深く語り合ったり、ぶつかったり、仲直りしたりした経験は、トゲトゲだった私のトゲを丸くして、社会人としてしっかり生きて行く人間性を確実に鍛えてくれました。 素材とも、真剣にぶつかりました。 どんなにつらくても、逃げられませんでした。手が豆だらけ、腕が筋肉痛でちぎれそうでも、重い木槌をふるいました。今やポパイのように太くなった腕は私の勲章です。 それくらい、造形大の課題は素材との戦いでした。 友だち付き合いと、素材との付き合いは似ています。 軽くつきあうならば、何にもつらい事なんかありませんでした。 自分をぶつけるだけなら、簡単でした。 だけど向こうから、跳ね返ってきます。 思った風に進みません。 なんとかしようとあの手この手で努力します。 一番苦しい時を共にし、一番楽しい時を共感し、次第に仲良くなって行きます。 「粘土と仲良くなれればそれでいいんだよ。全部がうまく行くよ。」 当時人体塑造が上手くできなかった私に、大橋先生が言ってくれました。 人も素材も、仲良くなる事が難しい。 それは、お互い、他者であるから。 深くつきあえばつきあうほど、けんかも激しくなって行きます。 その違いを受け止め、楽しみ、より良い方に進むことができたなら。 その方法を泣きながら探しました。 あらゆるものも人も自分とすこしづつ違う。 リズム、スピード、温度、形、色、性格、心。 だけどそんな違いあるものが時に、共感しあい重なって、 見た事もない美しいハーモニーを作り上げる瞬間があります。 それが美の答えだったんだ! 大学4年生の最後に、その大切な事に気づきました。 造形大の先生達が、教えてくれようとした全てがそのとき分かりました。 近道ばかり探していた私に、ケモノ道を一歩一歩しかないんだと教えてくれました。 そんなかつての母校が、今の私には宝物です。 作家として少しでもがんばる事しか、恩返しはできませんが、教えてもらった大切な原点を、ひとつひとつ目に浮かべながら、10年も20年もコツコツ彫刻を続けて行きたいと思います。 一生かかっても、彫刻と仲良くなれるように。 「絵画か彫刻か迷ってるんですが、彫刻の魅力って何ですか?」 「空を作ることはできない。 景色や星を作る事もできない。 絵画にできる事が彫刻にはできない。 だけど彫刻は目に前にそれが存在し、対面することができる。 その対面した時の喜びが彫刻にはある。」 彫刻家の舟越桂先生が、おとつい受験生たちに話していました。 うん、うん、そうだ!と私たちOBは嬉しくてたまらない気持ちになりました。 彫刻が人類が生き残っている間、どうか愛され受け継がれていきますように。 #
by m_kirin30
| 2010-07-18 22:38
| すてきなところ
彫刻の後輩のともだち3人と一緒に、以前から仲良しの農家民宿 「源」さんに来ました。 彫刻を撮影させて頂いたり、海で遊んだり、久しぶりの休みを満喫させてもらいました。 いつものひとり旅は、仕事の事を片時も忘れることができなかったりするんですが、今回は2年ぶりの、なつやすみ、を満喫させてもらっています。 私に財産があるとしたら、それはたくさんの仲間達やともだち。 いくらお金をはたいても買えない、深い仲間やともだちがいてくれます。 そういう、人の縁には心底恵まれてきたと思います。 だけど特別何か運が良かったからではなく、それは、芸術のちから、なのかも知れません。 美術を始めるようになってから、それこそ一生の友だちや、深く人生を語り合える仲間や、会えるだけで涙が出るほどうれしいせんぱいや、自分の事のように共感できる後輩、尊敬してやまない先生。 人生を変える出会いの連続でした。 美術の世界のせんぱいは、個性的で、変わり者が多く、人と関わりにくい、と思われがちですが、ほんとうのせんぱいは、まるでそうではありません。 どんなすごい大作家のせんぱいも、そういう人ほど、心の底から純粋で、まっすぐで、ひとにやさしく、人としての魅力にあふれている人たちばかりです。 私はどれほどその先生方やせんぱいに勇気をもらい助けられてきた事でしょう。 すごい作家のせんぱいが、自分のいる大学に一人でもいてくれると、それがどれほどの勇気をくれるか。その人が作家としてがんばっている事が、自分にとっても誇りになったりします。 実際にアトリエにすごいせんぱいが入ってきてくれたりすると、その遺伝子の一部が、自分にも取り込まれて行くような気分になり、体中に感動と勇気がみなぎってきたりします。 そんなひとになりたい、といつも思います。 エネルギーの固まりのような、プラスのものをたくさんのひとに与えられる人。 そういう人が作る作品は、その人そのもの。 人がすごければ、当たり前のようにその作品は心をとらえて離さないものです。 ダビンチだって私にとっては美術のせんぱい。 ダビンチがここまでデッサンを進められたんだから、同じ人間なんだから、自分にもどこまでか進めるかもしれない、そんな勇気を彼は1000年経ってもふりまいています。 それが、私たちにダビンチが残してくれた、本当の財産。 この時代にこんなすごいものができたんだから、自分たちはこれを糧にもっとすごいところへ進めるはず。 ひとはそうやって凄まじい進化をくりかえしてきたんだと思います。 今の自分は一族の最高傑作。 進化の突端にいる今生きている私たちは、そうであるはずです。 その貴重な自分の細胞に、さらなるいい記憶を残して行けるように。 そしてすこしでも、時代のかけらでも次の後輩たちに、更なるところに進むための勇気を残して行きたい、先人たちから学んだ全ての事を、自分の見つけた新しい事を、後輩に伝えていきたい。 それは、どんなに多くの財産や仕事を残すより、もしかしたら大切な事なのかも知れません。 3流の指導者は金銭を残す。 2流の指導者は事業を残す。 1流の指導者は人を残す。 これは松下幸之助さんの言葉ですが、美術の作品もこういうものがすごいんだと思います。 さいごは、どれくらい、多くの人のこころにいいものを残せたか。 その原点をいつも忘れずにいたいと思いました。 たいせつな大すきな後輩たちに、先輩としてできる事はたったひとつ。 とにかくがんばって彫刻の現場で、勇気を与えてあげたい。 私みたいなのでもできるんだから大丈夫と、言えるように自分ががんばりたい。 そんな事を思った早めの短い夏休みでした。 #
by m_kirin30
| 2010-07-11 00:09
| すてきなところ
アトリエにリンゴちゃんとドンちゃん。 展示の前はアトリエがどんどんにぎやかになってきます。 わずか7畳半の一室のアトリエは、今動物たちで埋め尽くされ私の居場所もないほどです。 ここにいるのは、いわゆる見た目のかわいい子ばかりではありません。 私に噛み付いたネズミ、一目散に逃げたモグラ、おかしなトカゲや変な顔したカメレオン。 年寄り猿のビージーや、踏みそうになったカエル、ふつうのノラ猫、7色のウミウシ、などなど。 写真にはなかなか納まらない子達も混ざっていて、展示とかに出しても、「いや〜ん」という方もいるくらいの生き物たちも彫刻になっています。 もちろん私も本能で、気持ちわるい、とか怖い、とかありますが、それらも尊い、といつ頃からか思うようになりました。 進化してがんばって気持ちわるいと思われる姿を身にまとって懸命に生きている動物たち。 嫌われ者に自らなって、自分や仲間を守ってきた種族。 そんな生きる事にあこがれを持つものたちは、何も悪くない。 そんな風に思えたのは、高校3年生の時の、卒業式のクラスメイトのスピーチでした。 3年A組赤井君。 私たちA組は理数系、3年間同じクラスで、誰がリーダーともなくみんながゆるく仲良しでした。 出席番号が一番だったという理由で卒業生代表になってしまったふつうの赤井君、彼はそのプレッシャーからとんでもなく素直な言葉をつむぎだして、私たち全員を送り出してくれました。 今でも心に刻み込んである言葉です。 「ぼくは、人にやさしく、自分にきびしく、という言葉が嫌いです。 ひとにやさしく、自分にもやさしくしたいです。 自分をもっと大切にしてあげたいです。 こんなぼくだってなにかと必死に生きています。 そういったぼくのようなふつうのひとが社会にはほとんどいて、そのほとんどのふつうの人たちが支え合いつくっているのがこの世界です。 えらいひとはすごいですが、えらいひとを支えているのはぼくたちふつうのひとたちです。 ぼくはえらいひとにはなれませんが、そのようなふつうのあたたかいひとにはなりたいとおもいます。」 偉くなれ、賢くなれ、いい大学へ行け、ひとにやさしく、自分にきびしく。そういう校長先生や教師たちの前でこの言葉を強く言えた彼はこの日英雄になってA組は全員大泣きをしました。 ふつうだった彼が、体の奥からしぼりだした本音の言葉たちは、尊く、あたたかく、どんな名言よりも私たちの等身大の胸に響きました。 いまでも変な形をした虫や、おかしな気味の悪い生き物、怖い顔の動物を見るたび、この言葉を思い出します。 「こんなぼくだって、何かと必死に生きている。」 そう、言われているようで、彫刻せずにはいられなくなります。 いい顔のものや、きれいなものが美しいんじゃない。 ひとにぎりの美を支えているのはほとんどの醜なのです。 光あるものが立つ限り、影は必ず存在する。 地上100メートルの巨樹を支えているのは、名もないたった3センチの菌類だったりします。 その、支える役だって、すばらしい役目じゃないかって思います。 そんな、人知れぬアンサングヒーロー。 姿より心の美しいもの達。 まだまだ彫りきれないものがこの世界にはたくさんあります。 伝えたい感動がごろごろ転がっている世界です。 だからまだまだ死ねません。 ふっと、昔の事を思い出した今日でした。 名古屋では8月あたま、東京では9月末、立て続けに皆さんの前に彫刻を展示する機会がいただけました。 もし、変な生き物が混ざっていても、どうか温かい目で、見てあげてくださいね。 名古屋のミュシカさんに、おかしな彫刻を少しコラボして置いて頂いています。 ミュシカさんとは今後もワークショップなどでたくさんコラボして行くことになると思いますので、またご報告しますね。 #
by m_kirin30
| 2010-07-04 08:39
| 日常
毎週一回はリンゴちゃんを彫りに尾張旭市に通っています。
このお家には以前彫らせてもらったカブ君、そして新しく家族になったバルタン、そしてリンゴちゃん、亀のまるちゃん、ヤドカリ君たち、鳥のピーやん、などたくさんの仲間がいます。 人より生き物たちの方が多いこのお家に行くのが、楽しみでなりません。 彫刻でどこまで進めるのかな、といつも考えています。 動物を好きだから彫っている、と思われがちですが、実際は少し違った感覚です。 生き物たちには、感動し、尊敬している、という感じの方が強いです。 目の前にあるものに感動する、その秘密を知りたい。 美とは何か、喜びとは何か、彫刻とはどういうためにあるのか。 美に法則性はあるのか、ないのか。感動と共感を作れるものとは何か。 その謎を解いて行く研究のように思っています。 ただ、動物が好き、という事なら、きっと続けて来れなかったと思います。 もともと理系だったこともあり、進化論に取り付かれ、動物の姿が理にかなって進化してきたことを知りました。命がけの進化が、美を生むのか、神が宿るのか。 「動物を捕まえるしか、能がない人間。」こう呼ばれていたのは、チャールズ ダーウィン。 「〜しか能がない。」これは、大きなチャンスの言葉なんだと思います。 神様が、チャンスの言葉を皮肉って伝えている。そんなようなものです。 私は、「動物を描くしか、能がない人間。」でした。 大学で人物の塑造をやっても最後までへたっぴで、学科も理科以外はまるでだめ、先生もあきれるほど、偏った人間でした。 欠点を克服する事!と考え、人物塑造は熱心に取り組みましたが、それでもまるでだめでした。 でも、間違っていたのかもしれません。 そもそも、私は裸婦に感動していたのか。 感動ができないなら、作れる訳がありません。 ニセモノの感動なんて土は一瞬でみやぶってしまいます。 いいものを作れる訳がありませんでした。 美術における進化論とは、自分だけの「〜しか能がない」部分を見つけ、それを誰よりも、おそらく世界中でいちばんに、過去の人類史上でも類を見ないほどできるようになる、これが一番なんだと思います。 どんなものでも、世界にも過去にもたったひとつであればそれは生き残る。 進化の仕組みです。 そのための努力は、けっこう楽しいものだったりします。 先日、ともだちがこう聞いてくれました。 「描きたくならないときってないの?」 「絵を描いていた昔はそういうこともあったけど、いまはならんよ〜。これは私の中の研究に近い時間やから、医者が研究書を開くように、弁護士が六法全書を開くように、私は目の前の動物の神秘を探る。だから描きたくならない事はないな〜。」 「へ〜え」 ネコを描いてる間中、ご飯を作ってくれた友だち、こんな私につきあってくれてありがとう。 目の前に無限の難問と答えがある。こんなに楽しい時間はありません。 これからもデッサンと彫刻で、どこまでも進化を続けて行けたらいいなと思っています。 木のいろのままの方がよかったかもしれませんが、リンゴちゃんは黒い犬。 真っ黒にしました。 これも進化の過程なのかもしれません。 リアルを突き詰めたい。 嘘偽り無くしたい。 それでいて型取りではなく存在を残したい、 動物を彫るしか能がないので、これからもこれで進化して行けたら、自分の居場所が作れるかな、と、庭に何故かいたフンコロガシをみていて、思いました。 彼も、懸命に生きる場所を探したなかのひと種族。 こんなものに私は涙が出るほど毎日感動しています。 #
by m_kirin30
| 2010-06-26 10:20
| 日常
最近、ラブラドールのリンゴちゃんを彫らせてもらっているお家の方に、昔使ってて使わなくなったという大きな水彩紙をいただきました。 いろんなものを今までいただいてきたような気がします。 木工機械のほとんど全ては死んでしまったひきもの師のおじいさんから材木屋さんを通して頂いたもの、道具も先輩や先生方からいただいたものも数知れず、そして今回は水彩紙。 身ひとつで始めた一代の彫刻家人生、これらの支えがなければ続けて来れたんでしょうか。 絶対に無駄にはできない、という緊張感もあり、彫りきれないほどの感謝もあり、いつも感激でいっぱいです。 今たくさんの水彩画に久しぶりに取り組んでいます。 私にとっては絵と彫刻は同じものです。 学生の頃、造形大の先生にこう言ってもらったことがあります。 「お前の彫刻は、二次元の絵が飛び出してきたようなものだ。」 その通りかもしれません。 絵は、目で触るように描く。 彫刻は、手で触るように彫る。 そんな感じです。 不思議なのは、ここからです。 たまに、アトリエで記憶で水彩画を描いたり、彫刻をしていたりすると、あんなにきついクスノキのにおいを感じず、動物たちのにおいがよみがえって来る時があります。 もっと不思議なのは、そのとき飲んでたコーヒーの味までも、動物たちの寝息や鳴き声までも、幻聴のようにリアルに聞こえて来る時があります。 彫る音で、木がどう割れるかを感じたり、叩くリズムも、心地よく体に響きます。 五感。 目で触り、手で触り、鼻で触り、舌で触り、耳で触る。 私は彫ろうと思う動物の前に立って観察している時、確かに五感を使っているのだ!と思います。 全身全霊で触っているので、第六感も使っているのかもしれません。 今彫っているお猿のビージーには毎日その感覚があります。 五感を研ぎ澄まして脳だけでなく、体全体で感じるリアリティ。 そんな感覚を大切にしたいなと思います。 「いかなるときも自然を観察せよ。 自然に彫刻充満す。」 高村光太郎さんの彫刻10ヶ条の第10ヶ条。 私も人生を彫刻で充満させたいな、と思います。 日進市の子供会さん企画で、ライブ彫刻&彫刻をさわろう! イベントをさせて頂きました。 子ども達は、木屑をキャッチするのに必死!でしたが、とっても興味を持ってさわって、においをかいで、五感で楽しんでくれました。 大人「彫刻をさわる時の注意はなんでしょう?」 子ども 「なめない!」 「ふまない!」 「ちょうこくをけずらない」 「そとへださない!」 「たべない!」 などなど、多数の意見が出て、私も彫刻にさわる際の注意をおおきく学びました! ライブ彫刻、生まれてはじめての経験でしたが、めちゃめちゃ楽しかったです! 子供会の皆さん、楽しい企画をありがとうございました。 ミュシカさんからなぞのかわいい写真が届きました! この不思議な写真の謎はまた次回、楽しみにしていてください。 #
by m_kirin30
| 2010-06-20 13:00
| イベント
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