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彫刻のちから

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彫刻には無限の可能性があります。
美術の持つ力もまた無限です。
長く美術の学問に携われば携わるほど、感じるひとつの思いがあります。
それは、うつくしいものと、きれいなものは、少し違うものだということ。
きれいなものは、うつくしいものには含まれますが、うつくしいものは、もっともっと大きな意味を持つものだと感じます。

きれいなものは、もちろんうつくしいですが、きれいでないものも、うつくしいことがあります。
うつくしいということは、目で見えるものだけではなく、その場の空気のうつくしさや、その時の心のうつくしさ、
時に悲しいものも、うつくしいことがあります。
苦しい物語も、哀しい結末でも、うつくしい物語があるように。
単純なきれいさ、だけでは伝えきれないおおいなるものを含むのが、うつくしさ、というものです。

うつくしいものは、あらゆるものの味方です。
うつくしいものは、それぞれの強さを持っていて、生き物たちを支えているような気がします。
空のうつくしさ、木々や生き物のうつくしさ、都会の風景の、働く人たちのうつくしさ、
私は毎日、いろんなうつくしいものに支えられて、心を整えて暮らしているような気がします。

「芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ、弱者の友なんだ。
 芸術家にとって、これが出発で、また最高の目的なんだ。
 こんな単純なこと、僕は忘れていた、僕だけじゃない。みんなが、忘れているんだ。
 僕は、ポチを東京へ連れて行こうと思うよ。」
 太宰治 畜犬談より

病気で醜い姿になり、弱り果てたポチという犬を、置いていこうかと考えていた作者が、思い直すシーンで語った言葉です。

私たち芸術を仕事にする人間が、弱い者を救えないでどうするのか、と日々思います。
お金で、医療で、物質で、救えないものがあったとして、最後まで味方であり友なのが、芸術の役目なような気がします。
強い者たちに、お金や権力がくっついている事がおおいこの世界でも、死後にはなにひとつ持っていく事はできません。
さいご、なにももたないたった一人の人間という生き物になって、この地球に立った時、
あらゆる物質でなくこころの味方であるのが、自分のつくった美術であるように、
味方であり友である、そんな彫刻が作れるように、
色々な思いを込めて今日も木を彫っていこうと思います。

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撮影 森田直樹

現在、開催中の大阪 けんちくの種さんにて展示中の はしもとみお展 「いきものたちの隠れ家」のこりあと一週間です。
関西地方でゆっくりと彫刻を見られる機会に、お近くの方はぜひ彫刻を触りにいらしてくださいね。


今年もなつやすみの企画、河合塾名古屋さんにて、木彫り教室を行います。
8月2日 10日 子供木彫り教室 こちらは親子でご参加いただけます。
8月3日 大人木彫り教室  一日かけて、好きな動物を作っていただける年に一回のスペシャル企画です!
8月11日 動物のお絵描き教室 大人も子供も、ご参加いただけます、実際に動物たちが河合塾に遊びに来ます。

ご予約は、お電話フリーダイヤル0120-591-109または河合塾美術研究所窓口まで。
各回定員20名(定員に達し次第締め切りとさせていただきます)


この夏、ぜひ美術に触れてもの作りのすばらしさを体験していただければとおもっています!










# by m_kirin30 | 2014-07-22 14:58 | 日常

たのしませること

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子供のころ、絵を描くのが、ものをつくるのがたのしくて仕方ありませんでした。
たのしくつくっていればほめてもらえる、そんな世界で生きていたからかもしれません。
ほんとうにいい美術は、プロであれ趣味であれ、大人であれ子供であれ、
ありとあらゆるところからあらゆる人の手によって生まれる可能性があると、そう思っています。

だけど、仕事としての美術は、たのしくつくる事ができれば、人をたのしませるものがつくれるかといったら、全くそうではありません。
美術の仕事をすればするほど、たのしいだけの制作はできなくなってきます。
それでもいつか、真に自分がたのしくつくるものが、ひとをたのしませる日がくることを、
私が歩む美術の勉強の道は、そのことを学ぶ道でもあります。

たのしくつくる事を学ぶのではなく、つくったものでたのしませる事を学ぶ、それが美術の学問です。
そのためには制作のあらゆる苦悩も、痛みも、必要不可欠なものです。
むしろ難しい制作だからこそ、ひとをたのしませる、感動させる、そういったものをつくることができるのかもしれません。
なにがひとをたのしませるのかを知るという事は、なにがひとを傷つけるのかをよく知っておく事だと感じています。
あるひとをたのしませたからといって、あるひとを傷つけていいわけではありません。
自分のつくったものが、自分にとって、ひとにとって、動物たちにとって、地球にとって、どれかを傷つけるものであってはならない、そう感じます。
まだまだ勉強の途中で、間違える事もあるかもしれませんが、
今の時代のまっすぐな彫刻を、見る人に届けたいと感じています。
やがては自分のつくったものが、100年、1000年、そのずっと先に生きる地球の住民にまで、愛されるように。
今の時代に、こんなに美しい動物たちがいたのだという証明を、つくっていけたらなとおもっています。
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エキサイトブログの10周年記念特設ページに、ピックアップの10人のブロガーのなかに選んでいただきました。
大学生の頃にはじめたこのナマケモノ日記が、これからもたくさんの美術を愛する方々に読んでいただけるよう、
更新はとてもナマケモノですが、続けていこうと思っています。
こちらのページからご覧ください。


現在展示中の、「いぬねこ島へようこそ!」のこり一週間、6月21日までになります。
関東での展示会の機会は少ないので、この機会にぜひ足を運んでみてくださいね。

次回展示は、大阪府箕面市です

はしもとみお展 〜いきものたちの隠れ家〜
2014年7月5日(土)〜7月27日(日)
21日祝日のみ、お休み
11:00〜17:00

けんちくの種
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新作も追加予定ですので、ぜひ遊びにいらしてください!












# by m_kirin30 | 2014-06-16 19:29 | 日常

旅する彫刻

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かわいい彫刻ほど、旅をさせたいと考えています。
展示会に必要な最低限の彫刻たち以外は、すべて作ったものは手放してきました。
いいものほど、手放す方がいい、そういう思いを感じられたときから私は、ひとりの彫刻家として自立できたように思います。
いつか、世界各地に自分の彫刻の動物たちがちりばめられている夢を見ます。
海辺のレストラン、山奥の山荘、町中の図書館、コンビニのレジ、どんな場所にも、似合うような彫刻を作りたいと考えています。
そして作った作者は不明でも、その彫刻が町の人からかわいがられる、そんな風になったら、どれほどすてきなことでしょう。


昔阪神大震災にあって、家の中がぐちゃぐちゃになりました。
たくさんの神戸の人たちの大切なものが焼かれ、壊れて消えてしまいました。
そしてまた大きな地震で、たくさんの方の大切なものが失われていきました。

地球上安全な場所なんてないし、どこに住んでいても、土地を買ったとしても、
すべては地球の持ち物なんだという気がしています。
自分自身だけのものなんて、この世界に一つもないような、そんな気さえしています。

あるときから狂ったように彫刻を作り始めました。
失われた「形」にとらわれた私は、大好きだった動物や生き物たちが木の中に浮かんでは見え、
10年経った今でもなお、何を彫ろうか悩んだ事もなく、彫りたい生き物たちがまだまだあふれかえって私を待っているようです。
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一本の大きな樹のようになりたい、といつも思っています。
実りは遅くても、ゆっくり時間をかけて、根をはり、おおきくなって、
その種を、鳥や風にはこんでもらう、ような。

彫刻を手に取ってくださる方は私にとって風であり鳥であり、
彫刻になったその子の一生を、またあたらしい風景と物語で生かせてくれる、大切な感謝してもしきれない存在です。
彫刻を、世界中たくさんの場所にちりばめたいと思っています。
それは、きっと種の保存の習性とおなじで、
私にとって作る彫刻たちは血であり種であり、
私自身のものだけにするのではなく、
大切な彫刻ほど、たくさんの方に届けたい、
たくさんの土地に住んでもらい、たくさんの土地を旅してもらいたい。
どこかで、だれかに大切にしてもらった方が、彫刻が生きる可能性がとても大きいからです。

例えば自分の家にすべての彫刻を置いて大事にしまっておいたら、
きっと地震や火事で、一度にすべてがなくなってしまうリスクが、高まるのでしょう。
世界中にちりばめておけば、どこかできっと、私が死んでも、無事でいてくれる。

彫刻たちとのさよならは寂しいですが、私が生きている限りは、また作る事ができる。
あと数十年のびっくりするほど短い期間につくる彫刻の動物たち。
ちりばめる彫刻を、迷子にさせないように、
誰かにとって宝物になるように、
つくりつづけていきたいな、とおもっています。



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014年5月 東京 浅草橋 ギャラリーKISSAさんにて個展 「いぬねこ島へようこそ!」開催中です!

彫刻家 はしもとみお展 いぬねこ島へようこそ 2014.05.17 (Sat) – 06.21 (Sat)


6月14日 名古屋 ミュシカ分室さんで木彫り教室デッサン教室があります!


2014年7月 兵庫県 西宮ガーデンズで木彫り教室があります


2014年7月 大阪 箕面市 けんちくの種さんで はしもとみお展〜いきものたちの隠れ家〜 開催します!

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写真はこの前の猫を彫るワークショップのお客様の彫刻、すばらしい!




# by m_kirin30 | 2014-06-02 09:47

ものの終わり

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ひとつひとつの仕事をたいせつに、日々過ごしています。
いつでも終われる覚悟で、彫刻しています。

彫刻は、どれだけ時間をかけても、彫り足りないものです。
そもそも彫刻には、終わりが無いものだと感じます。
完成とは、そしたら何なのか、それはもう、時間で区切るしかないようなものです。
いつまでたっても、そばにいる彫刻には、手を入れたくなります。

そんなときに私はいつも、「ものの終わり」について考えます。
「終わり」を想像するといつでも覚悟ができるようになります。
血を通わせながら作った彫刻も、いつかこの手を離れる、
私はいつもそばに覚悟を住まわせながら彫刻をしているように思います。
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明日死ぬつもりでつくりなさい
百年続けるつもりでつくりなさい
あなたがひとつの才能をみがけば
神は多くの才能をあなたに与えてくれます

浪人時代に聞いたこの言葉ですが、いまになってもこの言葉の意味を考えない日はありません。

終わりの予測こそが、美術には一番必要な事のように思います。
明日死ぬかもしれないように、
百年続けるかもしれないように、
この大きな矛盾の、どちらでも悔いが残らないように、
そんなふうに、制作するべきだと、日々感じています。

あるとき思った事が、
「終わり」の真の予測さえあれば、
時間に関係なく、どの瞬間も完成している、のだということ。
つくられたものの善し悪しは、かけた時間ではなく、
完成を予測してそこを目指したものであるのかどうか、
そこにすべてがかかっているように思います。

この仕事で生涯終わるのかもしれない覚悟で、
その仕事を百年続ける事ができたら、
それはなんてすばらしい制作になるんだろうと感じます。
いつでも最後の仕事として悔いの残らないように、
今日もこの手に、仕事を与えたいと思います。
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次回展覧会は東京です。
イベントも盛りだくさんですので、ぜひ遊びに来てくださいね!

2014.05月17日(土) 18:00~ いぬねこ島へようこそ! はしもとみお展 レセプション、19:00~ カリンバSage×橋本学 ライブ

はしもとみおワークショップ 5.18 「いぬねこデッサン教室」

5月25日(日)いぬねこ島へ ようこそ ! ~彫刻家 はしもとみお 展~ 関連イベント

橋本学は、実兄で、東京でドラマーをやっています、このたび、展示会場でライブをしてくれる事になりました!
詳しくはこちらもご覧ください

実際犬と猫を飼っている兄、どんな犬猫ミュージックを繰り広げてくれるのでしょうか、とてもたのしみです^^













# by m_kirin30 | 2014-05-05 11:43 | 日常

彫刻の仕事

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彫刻とは、多くの不自由の中で制作するものです。
大学を出るととたんに、世界は変わります。
今までは、自分が神聖な芸術を作っている気分で、朝から晩まで思う存分制作していたのに、
卒業していざ作家活動を始めると、
音がうるさい、ゴミが大量に出る、木材や彫刻を置いておく場所がない、粉塵がひどい、
たくさんの理由で、町中での仕事は困難を極めます。
その上、高い、場所をとる、重い、
なかなか手に取ってもらえず、生活は困窮していきます。

大学時代にためた貯金はすぐそこをつき、生活ができないと彫刻もできないので、たいていはアルバイトか、教師、講師の仕事でやりくりをしていくことでしょう。

私はその苦しい時、ふっと彫刻家、という仕事を遠方から見てみよう、と考えました。
彫刻で生活できないのは、彫刻家とは呼べないのではないだろうか、と。
こんな当たり前の事なのですが、美術の世界では実際美術だけで食べていけない美術家がたくさんいます。それでもいいものは作れるし、私は仕事にしてようが、してまいが、いい美術は、いいものだという事を断言できます。
私はどういう風になりたいのだろう、と。
そのとき、私は、彫刻で食べていく彫刻家、になりたいと、心から思ったのでした。

自分の得意分野、デッサンの技術の使える具象彫刻の仕事で、
自分の最愛の、動物たちの姿をのこしていく、動物の肖像制作。
この分野でとにかく世界でも類を見ないところまでいけないと、日本で作家活動をしていくのは困難でしょう。

一番の足かせ、彫刻は値段が高い、というもの。
高い、と感じてしまうのは、それだけの価値があるものを、サービスを、お客様側に提供できていないからなのではないか、と。
そして価格を少しでも下げる努力を、お客様が喜んでくださるサービスを、私たちがしてこなかったのではないか、と。

スピードを上げる事でも価格は抑えられますが、私は彫刻の仕事に必要でないすべてのものを捨てようと考えました。
便利で快適な生活、それをやめて田舎に住む事で、
多くの出費を抑える事に成功し、その分彫刻の精度をあげることが可能になります。
木材を大量にストックしておく場所もあり、光熱費も薪を燃料にして出費を減らす、
生活を変える事で、多くの出費をなくす事ができました。
そしてお待たせする事はしょうがないけれど、一つ一つの仕事をとてもていねいに、お客様が価値をプライスレスだと思ってくださるような、お金には換えられないようなたったひとつの肖像彫刻を、作って仕事をしていこうと、心に決めたのでした。
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この仕事は多くを稼ぐ事はできませんが、田舎での豊かな生活は可能です。
私はたくさんのものを捨てる事で、たくさんの豊かなものを手に入れたような、そんな心地でいます。
意志を持って、新しい山を登るために捨てた荷は、
きっとその何倍も価値のあるものになって、自分のもとへあたらしいものがやってくる。
そんな風に今は感じています。

苦しい事はたくさんあるけれど、自分の得意分野を仕事にできる事はやりがいもあり、なにより面白いです。
若い美術家たちが、たくさんこの春美大を卒業して社会へ巣立っていきました。
一人でも多くの、美術を仕事にする美術家が、日本に増えてくれる事を望んでやみません。
そのことがいずれは、日本の国土を、生活のあたたかさを、日常の幸せを、
そういったものを育てる種になるということを想像しています。
こころを動かす美術の仕事は、人間の衣食住と同じくらい、たいせつなことだと感じながら、
日々、美術の仕事を、続けていこうと思っています。
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次回展示会は東京です、たくさんの、いぬ、ねこ、犬猫彫刻グッツに会える予定です。
詳細はまた追ってアップしますね!

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# by m_kirin30 | 2014-03-26 10:53 | 日常